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エクスキューション

 そのドラッグは、ある組織がケツ持ちをしている半グレの若者たちを中心に、密かにそして静かに広がっていった。


 見た目は普通にコンビニなどで販売されている市販品の栄養ドリンクと全く同じ。

 しかも栄養剤の種類は一種類ではなく、様々なメーカーが揃っている。

 蓋は開けられていないので見た目は開封前の普通の栄養剤にしか見えない。

 しかし一点だけ異なる点がある。

 それはドリンクのラベルに、簡単に複製はできないであろう複雑な意匠で「E」の文字が描かれた小さなシールが張り付けられているのだ。


 その効果は「一時的に強くなること」に集約される。

 ドリンクを服用するとまずは「恐怖心」が消えてしまう。

 代わりに強烈な「同性に対する闘争本能」と「異性に対する凌辱欲求」が訪れる。

 肉体的にも明らかに筋肉がバンプアップされ、単純な筋力が増加する。


 もめ事の際に飲めば一方的に相手を蹂躙することができ、情事の際に互いが飲めば狂いあえるこの栄養剤は、既に裏社会に出回っている合成麻薬「エクスタシー(絶頂)」と対比するように「エクスキューション(処刑)」と呼ばれるようになった。


 エクスキューションの入手先を知るのは組織のとある幹部一人だけである。

 そして組織のリーダーも含め幹部たちはそれに納得している。

 なぜならばその幹部が通じているのが警察権力の一部だと全員が知っているから。

 幹部はエクスキューションの扱いをシノギのメインとしていった。


「今回は新商品を用意した」

「いつも悪いね旦那、ところで新商品とは?」

「もっと効果的に摂取できるように錠剤にしたのさ」

 幹部が男から手渡されたのは、たくさんの白い錠剤が瓶に入ったいわゆる「整腸剤」である。

「ここに500錠入っている。効果は1錠でこれまでの1瓶と同じだ」

「それはすごいが、見た目が悪いな」


 幹部は整腸剤といえど薬物のかたちが引っかかるようだ。

 それにこれまでの品は、見た目が栄養剤を偽装しているからこそ、流通しやすいという利点があった。

「わかっている、瓶もこれまでと同じように卸すさ。錠剤は個包装にして常連に出してやればいい。ちなみに2錠飲めば効果は2倍だぞ」

「マジですか」

 幹部もこの栄養剤の効果は何度も目の当たりにしている。

 こいつを卸している半グレギャングどもが他のギャングどもを一方的に血祭りに上げているのは日常茶飯事となったのだから。


 現在は半グレのリーダーを使って首都圏にも密かに流通を始めている。

 恐らく首都を仕切っている組織の一つが秘密裏に接触を図ってくるはずだ。

 なので錠剤が定着すれば、流通のことを考えればこの方が都合がいいのも確かなのだ。

 現在の末端価格は1瓶1万円なので、この錠剤ならば1瓶で500万円になる。

 仕入値は瓶ならば5,000円だが、錠剤ならば3,000円でいいというのだ。


「在庫はどれくらいありますか?」

「瓶が500本、錠剤が500錠入りで10本ある、支払は別に急いでいないから販売後でもいいぜ」

「そんな不義理はしませんよ、一括で用意します、我らがレディのためにも」

「そうだな」

 すると幹部は筋者とは思えないような小さな声で尋ねた。

「その代わり、レディとの面会をお願いしますよ旦那」

 ちっ。


 男は思わず舌打ちをした。

 彼らはレディの下僕であるのは間違いないが、互いに同志であるわけではない。

 目の前の筋者もレディには忠誠を誓っているのは間違いないが、彼にもそうだとは限らないのだ。


「今回の代金をお前がレディの御所に届けられるように調整する」

「ありがたい、信用しているからなケイジさん」

「お前もな、ナロウ」

 ふん。

 ケイジと呼ばれた男はレディから託された品をナロウとやらに託すと、夜の闇に消えていった。


 などという物騒な街はさておき、天狗村は今日も平和。

 

 ヤマトからのプランを共有したアリスたちは、それぞれがそこから派生する情報を検索し、様々な準備を行っている。


 千里は以前の買物のときに商品を入れてもらった取っ手付きの袋と、村役場の備品である計量秤けいりょうはかりを持って、役場の裏で石を袋に入れながら何やらやっている。


「何をやっているんだい千里」

「ボウリングの球をイメージしているんだよ、まずはこれくらいかな」

 千里は石を入れた袋を持ってボウリングの球を投げるように腕を振ると、袋を秤に置いた。

「ボクは10ポンドくらいが適正みたいだ」

 へえ、球の重さを確認しているのか。

「俺にもやらせてくれるか?」

「いいよー」

 千里から袋を受け取ると、適当に石を放り込んでみる。

 すると俺が満足する重さになる前に袋がいっぱいになってしまう。

 それを秤に置くと10kgのメーターが振り切ってしまった。


 すると千里が秤を見ながら石の調整を始めてくれる。

「多分一番重いのは16ポンドだと思うよ」

 千里が少し重そうな表情で手渡してくれた袋は7kgちょっと。

 正直なところ、俺にとっては物足りない重さだ。

 これだとすっぽ抜けてどっかに飛んでいっちまいそうだ。

 それでも事前に重さをイメージできるのはありがたい。


「ありがとな千里」

「どういたしまして」


 千里との楽しいやり取りにすっかり気分が良くなった俺は、千里が勤務中にサボってシャドーボウリングをしていることは見逃すことにした。


 その他のメンバーはおとなしく村役場のそれぞれの席に座っているのだが、まともに仕事をしているのはアリスだけというありさま。

 小町はユウから送られてきた夕食を楽しむ店の候補を一々調べるのに夢中になっている。

 エミリアはボウリング動画を繰り返し見ているようだ。

 リザはアミューズメント施設のHPからゲームメーカー公式HPに飛び、ガンシューティングゲームの研究に余念がない。

 しかし、村人が来庁したときには全員が明るくお出迎えしているので、特に叱るまでもない。


 それでは俺もアリスと旅程の確認をすることにしよう。

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