様々な画策
その週には、レディ・マーガレットの下僕は県警内部で着々と増えて行った。
レディは実の兄が属する隣県に構えられられた自由の国の軍隊基地にも下僕を増やそうと検討したのだが、それは圭のアドバイスにより取りやめとなった。
「レディ、軍隊を舐めてはいけません」
「そうなのケイ?」
「他国軍の監視力はこの国の警察機構とは厳戒度が違いますから」
圭によれば、もし軍に下僕を置いても、その活動に不自然さがあればすぐに見抜かれ、拘束された上に様々な調査をされてしまうだろうとのこと。
ある意味密室である軍であれば、下僕の情報を外部に漏らすことなく胞子力エネルギーに行きつく恐れはある。
そこから追跡され、レディ・マーガレットにまで軍の手が伸びないとも限らないのだ。
特殊能力を持つ下僕をある程度抱えていれば対処も可能だろうが、今現在のマーガレットでは、軍という「数の暴力」に太刀打ちするのは難しいだろう。
「この国を混乱させるのに最も効果的なのは、国民が当然だと享受している平和の破壊ですよ」
続く圭の提案にレディは耳を傾け、面白そうにうなずいた。
「なるほど、警察権力を利用するのね」
「警察と利害関係にある組織もです」
「まさしくマッチポンプね」
「その通りです」
続けて圭はレディに彼がパイプを持つ組織を下僕にするように助言をした。
「それは面白いわね、それならばこれも使うといいわ」
圭はレディから小さなアンプルを何本か渡された。
「これは?」
「胞子力エネルギーをたっぷり注ぎ込んだエナジードリンクよ、これを飲ませれば一時的に能力を与えることができるわ。但し下僕にはならないし、副作用もお察しですけれどね」
飲食物に胞子力エネルギーを注ぎ込むのはメスに寄生したマスターだけが可能だ。
これはオスのように下僕を量産できない代わりに、それを上回るペースで惑星に混乱をもたらすことができる固有のアビリティである。
レディの笑みに圭も笑みでこたえる。
「この国では十分です。それではこれを有効活用できる組織の元にまいりましょう、レディ・マーガレット」
圭は臣下の礼でレディの手を取ると、目的の場所へ案内していった。
さてこちらは今日も平和な天狗村。
小町の村営販売所に加え、新規に開始した振込機のサポートサービス、訪問清掃サービスが好評で、村役場は以前とは見違えるほど、村民の行き来が見られるようになった。
お昼の時間となり、今日も小町の弁当を会議室に広げながらテレビをつけると、突然千里が思い出したように声を上げた。
「ところでゲンボクちゃん、ボクの本免許はいつ取りにに行くの?」
やばい、すっかり忘れていた。
しかし忘れていたことを正直に話してしまうと千里がむくれてしまう恐れがある。
どーすっかな。
よし。
「実は今週末に千里の免許を取りに行きながら街で遊ぼうと思っていたのだが、千里は嫌かい?」
この提案に当然のことながら千里をはじめとする全員が喰いついた。
「フリーの雀荘でリーマンをカモるの」
「せんべろ居酒屋で飲みたいねえ」
「族の集会に行ってみたいなあ」
「自衛隊フェアというのがあるが」
なんでこいつらはこんなに偏っているんだ?
「雀荘なの」
「居酒屋さ」
「集会だよ」
「自衛隊では」
とりあえず熱くなったこいつらを鎮火させよう。
「雀荘も居酒屋も集会も自衛隊も行かねえよ」
とたんに揃ってしょぼんとするのは可愛いな。
しかしどーすっかな。
するとアリスが受付の方に振り向いた。
「荷物をお届けにまいりましたー」
猫の宅配便がやってきたみたいだ。
「あら、ヤマトさんいらっしゃい、こちらまで運んでいただけますか?」
先程からの行き先議論には一切興味を見せていなかったアリスは、ヤマトに宅配便の荷物を会議室まで届けさせた。
「お揃いでどうも、って、なんで皆さん泣きそうな顔をしているのですか?」
何やったんですかあんたはというヤマトからの視線が痛い。
「実は、今週末に千里の免許を取りに行きがてら、県庁所在地の街に遊びに行こうと思ってな、」
すると今度はヤマトが俺の話を最後まで聞かずに食いついてきた。
「皆さん街に来るんですか、それなら俺とユウでセッティングしますよ!」
「例えばどこなの?」
小町の質問にヤマトはちょっと考えてから良いことを思いついた表情を見せた。
「小町ちゃんは総合アミューズメント施設の『一回戦』って知ってる?」
すると今度はエミリアが喰いついた。
「よくテレビでCMを流しているところかい!」
「そうですよエミリアさん」
千里たちもそれに続く。
「タブレットで調べてみるね!」
「そこに軍隊はいるのかヤマト?」
「軍隊はいないけれどシューティングゲームはたくさんありますよ」
お昼のひとときが大混乱になってしまった。
しかしそれもいいかもしれないな。
屋内施設ならばそうそう迷子にもならないだろうし、ユウとヤマトに案内させれば俺も楽をできる。
「それじゃあヤマト、土曜日はこいつらのエスコートをお願いできるかい?」
「任せて下さいよ! 皆さんを夕方まで楽しませてみせますから!」
ヤマトは街に戻り次第ユウと連絡を取ってこちらにメールでプランを送ってくれるそうだ。
午後の村役場はほとんど仕事にならなかった。
小町、エミリア、千里、リザがこそこことタブレットを操作しながら、二言目には「ゲンボクちゃん、これって?」と施設のアミューズメントに関する質問を投げかけてくる。
わかった、もうわかった。
「お前ら四人で二階の掃除をしてこい。気が済むまで掃除していていいぞ」
俺の意図を悟ったのか、四人はそれぞれのタブレットを抱えて二階の会議室に引きこもってしまった。
残されたのは俺とアリスのみ。
「あらあら、仕方がないですわね」
と、アリスは落ち着いた笑みを浮かべながら受付に座りなおした。
こいつだけはやけに冷静だ。
「アリス、お前はいいのか?」
「私はゲンボクちゃんのおそばにいられれば幸せですから」
真昼間から赤面しちゃったよ俺。




