二人の若者
マーガレットの様子を俺達はリザが操る光学衛星によって細部までバッチリと観察していた。
彼女が農道をダム方面に登っていったこと。
崖崩れで行き止まりになっているところで何かを見つけたこと。
見つけた黄金の何かを右手でつまんだこと。
つまんだ物体が彼女の中指から体内に向けて埋まっていく間、彼女は身動き一つしなかったこと。
五分ほどしたところで彼女はぎこちなく動き出したこと。
最初はロボットのような動きだったものがだんだんと滑らかになって行き、マーガレットのそれと変わらなくなったところで農道から降りてきたこと。
そのまま彼女は車内に閉じこもってしまったこと。
「あれは寄生されてしまったよなあ」
「そうですねゲンボクちゃん」
冷静なアリスに対し、リザは驚いた表情となっている。
「あれがゲンボクちゃんの中にもいるのか?」
「こちらはゲンボクちゃんが支配しておりますから大丈夫ですよ」
アリスが言うには、胞子たちにとって最悪なのは俺のように逆支配されてしまうことであり、次に良くないのは雌株に寄生してしまうことだという。
食物連鎖の頂点となる生命体のメスに寄生するよりも、二番手となる生命体のオスに寄生した方が、まだなんぼかマシらしい。
「オスは種をまき散らしますけれどメスは取り込むばかりですからね」
身も蓋もない言い方だなアリス。
しかし何をどうすることもできない俺達にとっては傍観するしかない。
下手に通報やら何やらをして、こちらの腹を探られるのも馬鹿らしい。
俺達人類にとっては、あいつがメスに寄生したことは不幸中の幸いなのだろう。
別にマーガレットやらに義理があるわけでもないので、後は自由の国が何とかしてくれるのを祈るとしよう。
その後自称サバゲーマニア達が村役場に終了の挨拶に来た時、マーガレットは役場に顔を出さなかった。
さて、日は変わって本日は土曜日。
早朝の町で二人の若者が待ち合わせをしていた。
一人はおとなしそうな風貌のスリムな若者。
名前は赤井ユウ。
彼の職業は郵便局員。
もう一人は快活そうな風貌の細マッチョな若者。
名前は御百々家大和。
彼の職業は猫の宅配便のセールスドライバー。
「お待たせしました」
軽自動車から顔を出したユウが大和に声を掛けた。
「悪いね車を出させちゃって」
「仕方がないですよ。じゃんけんの結果ですから」
「ガソリン代は俺が持つよ」
「折半で結構ですよ。それより、ゲンボクさん達に手土産を買って行かないと」
そう、彼らは本日念願の「ニューゲンボクハウス訪問」のチャンスを得たのだ。
「小町ちゃんは果汁入り炭酸飲料と言ってよな」
「何とかジーナとかいうシリーズが好きだそうですよ。小町ちゃんはオレンジ、千里ちゃんはレモンだったかな」
「あんた、リサーチ力がすげえな」
「ユウで結構ですよ」
「それじゃあ俺もヤマトと呼んでくれ」
町のコンビニで買いだしを無事済ませた後、若者二人の三時間ドライブが始まった。
今日は山奥のド田舎村に麻雀を打ちに行く日。
だが彼らのお目当ては麻雀ではなく麻雀を打つ相手。
「正直、ヤマトはどの娘が好みなのですか?」
「ユウはどうなんだよ?」
そんな掛け合いをしながら、二人は村役場に出入りするようになったころを思い出し、どちらからともなく自己紹介を始めていった。
ユウは元々特定郵便局の息子として生まれ、将来は郵便局長を世襲するはずだったのだが、郵政民営化で特定郵便局が廃止されてしまった。
国営の時は採算度外視で「ユニバーサルサービス」を標榜しつつ我が世の春を謳歌していた特定郵便局長たちは、この改革で一気に環境が変わってしまった。
具体的には、ユウの父親は何とか郵便局長に収まったのだが、ユウは父の後を継げなくなってしまったのである。
そんな環境へのせめてもの反骨心なのだろうか。
ユウは「採算度外視」で村役場への郵便配達を率先して行うようになっていた。
ヤマトは大学卒業後、グローバルな仕事をしたいと考え、グローバルな名前の会社に就職したのだが、そこが実はとんでもないブラック企業だった。
毎日電話帳順に見知らぬ相手に営業電話を掛け、サギまがいの勧誘を行う。
給与は歩合制で契約が取れなければ家賃も払えないような賃金で働かされた。
彼の心と体は荒み、ついに彼は過労で倒れた。
そこで解雇されてしまう。
ブラック企業は最後まで彼に冷たかった。
退院後、ネクタイ姿にこりごりしたヤマトは、多少自信のあった体力を生かすべく猫の宅配便に再就職した。
ここでもやたら働かされたが、とりあえず人を騙すことはしなくていい。
そんな彼の働きっぷりを評価した所長は、彼を正社員に推薦してくれた。
現在の彼はセールスドライバー。
そして今に至る。
彼がコストにうるさいのは所長に恩義を感じているから。
「郵政民営化もいいことばかりじゃなかったんだな」
「ヤマトが勤めたブラック企業に比べればまだマシですよ」
何となく互いに共感を覚えた二人は、どちらともなく互いに確認し合う。
「抜け駆けはアリですからね」
「自由恋愛が当然だよな。で、ユウは小町ちゃんなの?千里ちゃんなの?」
「だからヤマトはどうなんですか? エミリアさんやリザさんもいらっしゃるじゃないですか」
これまで村役場で二人が相対していたのは、灰色の風景に溶け込む愛想のない若者一人だった。
ただ、同年代ということもあって、ユウもヤマトも村役場を訪れるたびに彼とたわいない会話を交わしてた。
ユウは世間話。
大和は密林の愚痴。
ところがある日、村役場の受付が一転して華やかなものになった。
それはアリスが受付に座るようになってからのこと。
二人とも最初に会話をしたのはアリス。
そしてその美しさに驚いたのもアリスに対してが最初だった。
しかし驚くことに、その後村役場は徐々に娘たちが増えて行った。
まるで様々なタイプの女性を取りそろえて行くかのように。
正直なところ、どの女性が一番だと決めることはできない。
変な話だが、誰か一人でも自分を気に入ってくれれば、そのままお付き合いさせていただきたいというほど、彼女達はそれぞれがとても魅力的なのだ。
「アリスさんは特別みたいですからね」
「アリスさんだけは駄目だろうな」
二人はアリスという美少女がゲンボクと付き合っているという都合のいい思い込みを行い、ならば必然的にフリーであるだろう他の四人の女性に積極的にアプローチして行こうと心に決めたのである。




