第二の存在
スマホいじりも午前中で飽きてしまったマーガレットは、兄からの言いつけを守りながらも自身の退屈をしのぐために、山中に分け入ることはせず、さらに奥に続く農道を道沿いに歩いてみることにした。
道といっても、整備されていたのは村を出たところまでで、そこから先はかろうじてアスファルトの路面が見えるだけで、左右は草が生い茂っている。
到着してから昼食までは道路を登ってくる車も道路を下りてくる車も一切見ていない。
スマホに付属しているマップアプリには道自体が出てこないし、兄が機能制限付きでインストールした探索アプリにも、兄があらかじめ指定したポイント以外は何も反応していない。
ちなみに兄が指定したポイントというのが、今回兄と兄の友人が探索を行っているエリアの中心なのはマーガレットも知っていた。
恐らくそれが軍に関係する何かであることも推測できる。
つまりマーガレットも好奇心を刺激されちゃったのだ。
「さて、兄貴たちは何を探しているのかしらね」
そう呟きながらマーガレットは農道を登って行った。
しばらく左右を雑草に埋もれさせた道路は崖沿いとなり、右側は見上げる斜面、左側は生い茂った草木に吸い込まれるような崖になってきた。
兄貴たちは崖下すれすれまでを捜索範囲にしているはずだ。
もしかしたら誰かに見つかってしまうかもしれない。
それに、これ以上先に進もうとしても、農道の先は緑の小山にうずもれてしまっていた。
「崖崩れか何かあったのかしらね」
恐らくは崩れた土砂に新たな草木が根を張り、緑の山を作り上げたのだろう。
ちょうど南から西に向きかけた午後の太陽が緑の山を輝かせている。
「あら、何かしら」
マーガレットはエメラルドグリーンの中からゴールドの輝きを見つけた。
小山に近づいてみると、その輝きは草木の隙間から小さく輝いている。
思わずマーガレットは両手を伸ばし、草木をかき分け、黄金いろの小さな粒を右の親指と中指でつまみ上げた。
「ちっ、雌株か」
そんな声が聞こえたのと、中指に何かが刺さる痛みを感じた直後に、マーガレットは暗闇に包まれた。
突然の深い眠りに誘われるかのように。
「マーガレット、ほら起きた起きた」
頬にやさしくペチペチと伝わる刺激と、若い男性の優しい声によりマーガレットは目を覚ました。
彼女は一瞬目の前の男性を観察するかのように見つめると、すぐに笑顔になる。
「おはよう兄貴」
「もう夕方だぞ」
相変わらずの甘えん坊ぶりに、兄はついほおを緩めてしまう。
「ところで仕事は終わったの」
「まあな、こちらから側からの探索はこれで終了だ」
「結局何を探していたの?」
「それ以上は機密事項だ、一般人の協力感謝する」
機密ね。
こいつらは恐らく私が乗っ取り損ねた生命体の仲間なのだろう。
いまいましい。
マーガレットは、自分を最初に発見したのが雄株なのではなく雌株だったことに腹立ちを感じた。
しかし彼女も限界だったのだ。
草木に埋もれた彼女はこの惑星の大気に触れ、急速に外殻を劣化させていた。
雌株への寄生は彼女にとってはぎりぎりの選択だった。
こうなったら彼女がこれから採る選択は二つ。
一つ目は自らがこの惑星の支配者となり、自らがマザーを生み出すこと。
雌株の場合は雄株に寄生した場合よりも効率が非常に悪いが、これはやむを得ない。
もう一つは先行してこの星にたどりついた同胞と不戦協定を結び、最後に同胞の種を受けて自らがマザーとなること。
万一この星でオスへの寄生を成功させた同胞がいたとしたら、彼女は彼には敵わないだろう。
なぜならばオスは実質上無制限にこの星のメスに直接胞子力エネルギーを注ぎこみ、己の忠実な配下にすると同時に次世代を生み出すことができる。
しかしメスの場合はオスに胞子力エネルギーを注ぐ方法も量も限られる上、ハイブリッドは自身にしか生み出せない。
もしくは他のメスに何らかの方法で胞子力エネルギーを注ぎ込むことだが、彼女が持つ先入観にはその選択肢は入っていない。
要はオスに寄生した場合とメスに寄生した場合では効率が圧倒的に違う。
メスに寄生した彼女が唯一オスの優位に立てること。
それはオスの胞子力エネルギーを吸収し、自らがマザーに昇華できる一点なのだ。
「まずは何人か手駒を用意しましょう」
マーガレットはそっと呟くと、兄から手渡されたホットドッグに作り笑いとともにかぶりついた。




