やかんの付喪娘
「頑張ってゲンボクちゃん!」
アリスの声援を受けながら、俺は今「やかん」と向き合っている。
「想像力が大事ですわゲンボクちゃん! 付喪となったやかんちゃんの姿を想像なさるのです!」
「無茶を言うなよアリス」
「ゲンボクちゃんならできますわ! 頑張れゲンボクちゃん!」
そうはいっても、やかんを見つめながら下半身にエネルギーを充填しろとか無茶だよなあ。
あ、いいこと思いついた。
「なあアリス、これってアリスを想い浮かべながらやかんに発射したらどうなるの?」
何だ、そのうれし恥ずかし残念そうな表情は。
「そう言って下さいますのはうれしいのですが、残念ですが既存の付喪に似せて新たな付喪を誕生させることはかないません。あ、そうだわ!」
「どうしたアリス?」
アリスは先程やかんを見つけてきた台所に戻ると、米櫃のあたりを何やらガサガサやっている。
「ゲンボクちゃん、これですわこれ!」
と、アリスが抱えてきたのは米袋。
そう、ここのところ定番となった「萌えキャラ」が描かれている米袋である。
「このロリっぽさが女性の私にもたまりませんわ、さあ頑張ってゲンボクちゃん、ほらっ! ほらっ!」
そりゃあ、やかんを眺めながらよりはマシだけどさ。
ロリかあ。
ざん切りおかっぱ黒髪にほんのり紫紺が混ざる。
ロリはいろいろうるさいから合法ロリで童顔で。
俺は巨乳ロリは認めない、合法ロリにちっぱいは必須だ。
お、なんか気分が盛り上がってきたぞ。
行くぞ、行くぞ、行くぞー!
胞子力エネルギー充填完了!
「ここはどこ?」
俺の前にはエプロン姿のちっちゃな女の子が立っていた。
いや、これならぎりぎり成人だと押し切れるな、押し切れるはずだ。
「ゲンボクちゃん!成功ですわ!」
「私は誰?」
ん? 何か混乱しているのかな。
「お湯を沸かさなきゃ」
ああそうだね、キミはやかんの付喪だものね。
するとそこにアリスが厳しい態度でロリに向かったんだ。
「あなたはゲンボクちゃんの二人目の眷属となる付喪です。よいですね、二人目ですよ!」
なんでアリスはこんなに威張っているんだ?
「ゲンボクちゃん?」
「俺のことかな?」
「ゲンボクちゃん、私の名前は?」
そっか、そう言えばアリスはお人形さんのときに、オレが既に名づけていたのだったな。
さすがにやかんに名前はつけていなかったし。
「そうだな、元がやかんだから『やかん子』とかどうかな」
目の前のやかんの付喪はキョトンとした顔をしている。
一方のアリスは露骨に渋い顔をしている。
「ゲンボクちゃん、それはちょっと適当すぎて可哀そうだと思いますわ」
そうか、アリスの言うことももっともだな。
まあ、名前の由来をやかんにこだわることもないか。
それなら米袋の方から名前をもらうとしよう。
「ならば『小町』でどうだ?」
「こ・ま・ち?」
これはまたあざとく小首をかしげますね。
このロリ全開の可愛さに、お兄さんは気が遠くなってしまいそうですよ。
でもやけにまわりをきょろきょろと珍しげにしているなあ。
最初から余裕をぶっこいていたアリスとは大違いだ。
するとアリスは俺の心を読んだかのように胸を張った。
「それはそうですわ、私はマスターの記憶も植え付けられておりますから」
大威張りだなアリス。
「アリスお前、昨日からさっきまでは謙虚な演技をしていただろ」
「そんなことありませんわ。それでは小町、よい名前をつけていだたきましたね。ところでこの方はゲンボクちゃん、私はアリス。これからはお姉さまとお呼びなさいね」
「お姉さま?」
こいつは小町に自らをお姉さま呼ばわりをさせるつもりか?
などと露骨にしかめっ面を浮かべた俺を無視するかのようにアリスは続ける。
「そうよ小町、ところでお姉さまはお腹がすいたわ」
「わかった、ご飯作るね。ねえゲンボクちゃん、ご飯を炊いてもいい?」
おお、料理する気満々かよ。
ちょっと待て、小町は俺をいきなりゲンボクちゃん呼ばわりかい。
あ、今日は買い物に出かけなきゃならないから、今から夕食を作る時間はないんだった。
「今から出かけたいからご飯を炊くのは無理だ」
「それなら冷やご飯はある?」
「今日の弁当にしようと思っていたご飯が冷凍庫にあるが」
「それでおにぎりを握るから、出かけながら食べるの」
おお、ナイスアイデアだ小町。
「そうだな、そうしよう。おいアリス、お前も小町を手伝え」
って、知らない顔をしているんじゃないよお前は。
へえ、上手いもんだなあ。
温めなおしたご飯が、小町の小さな手の中で、見事にさんかくおにぎりになっていくぜ。
「小町はいい子ですね」
「アリスは小町の横で応援をするだけだな」
「私は事務職ですから」
言い切ったよ。
アリスは今日の夕方から相当キャラが変わったよな。
そんな漫才を俺とアリスが展開している間にも、小町は棚から塩をとりだし、引き出しからは鰹節、冷蔵庫からは梅干しを取り出しておにぎりを握っていく。
あらかじめそれらがどこにしまわれていたのか全て知っているように。
これが記憶の共有ってやつか。
「おにぎりできた」
よくやった小町。
つい頭を撫でてしまうと、嬉しそうに笑顔を浮かべながらくすぐったいとむずかる小町に、俺の下半身はもう大変です。
その横では事前の宣言通り、俺と小町のやりとりには何の嫉妬も見せず、ひたすらおにぎりを見つめているアリスがいたんだけれどな。
「それじゃ、夜の農道ドライブとしゃれこむぞ」