小町は困ったの
小町は困っていた。
それは彼女が愛するゲンボクちゃんが、彼女が大好きなアリスと千里と、ヘリコプターに乗ってやってきた訳がわからない兵隊さんと一緒に街に出かけて行った日のこと。
「小町ちゃんはいいお嫁さんになれるね」
信金さんの日に、小町は信金の男性事務員さんからそう言葉をかけられた。
「お嫁さん」
小町は何となくうれしかった。
なぜならその響きが軽やかだったから。
「お嫁さん」
小町はちょっと考えてしまった。
ところでお嫁さんって何だろうと。
そう、小町はゲンボクの記憶から「お嫁さん」のキーワードを受け継いでいなかった。
なぜなら、ゲンボクにとってお嫁さんとはなんら現実味のない、少なくとも自らとは全く関係ないし今後も関係ないだろうと思われた遠い世界の単語だったから。
今日の小町はエミリアと二人で村役場のお留守番。
エミリアは、いつもはアリスが座っている受付で退屈そうにしている。
小町もその隣の販売所で、お昼のお惣菜を作る時間までは、村のお客さんが訪れるのを待っている。
「ねえエミリア」
「なんだい小町」
「お嫁さんってなあになの?」
「お婿さんの相方だよ」
小町は困った。
ここで新たな言葉が登場してしまったから。
「お婿さん」ってなんだろう。
「ねえエミリア」
「なんだい小町」
「お婿さんってなあになの?」
「お嫁さんの相方だよ」
ちっ。
一瞬心の中で「エミリアは使えねないの」と舌打ちしてしまった小町であったが、気を取り直す。
お嫁さんとお婿さん。
小町が学ぶべき言葉が一つ増えた。
するとそこに、昨日小町に自然薯を沢山くれたじいさまがやってきた。
「小町ちゃん、山歩きの景気づけに、黒い雷チョコをおくれ」
「わかったのじいさま。これをどうぞなの」
小町は信金さんの日を引退したとある商店の親父さんから譲ってもらった「冷凍冷蔵ショーケース」から、小さなチョコを一個取り出し、じいさまに渡してあげる。
あ。
「ねえじいさま、じいさまはお嫁さんって知っているの?」
封を開けて、チョコに包まれた最高に安っぽいクッキーのザクザクと味わおうかと、今まさに口を開けたじいさまは、そのまま返答に困ってしまった。
どこのお嫁さんのことだろうか?と。
この村に嫁に来てそのまま居座っているのは、じいさまの記憶では十人に満たないはず。
ただ、いずれの婆さん達も今さらお嫁さんなどと区別するような存在ではない。
なぜならばそれだけ村になじんでしまっているから。
だからじいさまは熟考する。
小町が自身に問いかけている内容について。
小町が自身に問いかけている問答の意味について。
ちーん。
そうしてじいさまは胸を張って小町に答えた。
小町の質問は「なぞなぞ」だと思って。
「お嫁さんはお婿さんの相方だよ」と。
一瞬心の中に「死ねばいいの」と黒い炎が沸き立ってしまった小町であったが、何とか落ち着きを取り戻す。
そういえばと、彼女は思い出した。
ゲンボクちゃんはいつもアリスに「わからないことはぐぐれ」と言っていたことを。
小町は決心した。
ならば、ぐぐろうと。
しかし役場には小町に自由になる端末はない。
小町が使っていいのは、家に置いてあるゲンボクちゃんのノートパソコンだけ。
これでは村役場のお仕事を終えてからでしかぐぐることができない。
がまんなの。
小町は一旦我慢して、昨日じいさまからいただいた自然薯でお惣菜をこしらえることにした。
自然薯の表面からきれいに泥とひげを落としてから、皮ごと輪切りにして両面をこんがりと焼いていく。
火が通ったら、熱いうちに出汁に漬けこんで、じっくりと出汁を吸わせる。
これで「自然薯の焼きびたし」が完成。
これが今日の日替わりお惣菜となる。
するといつものばあさまが小町のお惣菜を買いに来てくれた。
「おやまあ、これはまた美味しそうなのをこしらえたねえ」
ばあさまの笑顔に小町も笑顔で答える。
「食べる直前に花かつおを振りかけるとおいしいの。ご飯のお供なら、ちょっとお醤油を垂らしてもいいの」
そんな小町の受け答えにばあさまは楽しくなった。
「小町ちゃんの旦那さんになる人は幸せだねえ」
ここで新たな単語が登場した。
「ねえばあさま、お嫁さんとお婿さんって何なの? あと、旦那さんってなあになの?」
そんな小町の質問に対し、ばあさまは深読みをしてしまった。
この子は結婚における男女格差について真剣に悩んでいるのではないかと。
だからばあさまは現代の価値観で答える。
「小町ちゃんはそんなことを気にしなくていいんだよ。好きな人と一緒になれればいいのだからさ。お嫁さんもお婿さんも旦那さんも関係ないよ。幸せな夫婦におなり」
ここでさらに新しい単語が登場。
「夫婦って?」
「夫婦のことだよ。男の人と女の人が二人で築くものだよ。それじゃあまたね。小町ちゃん」
男の人、女の人、二人。
ゲンボクちゃん、私、二人。
うふふ。
何となく小町は楽しくなった。
「小町、そろそろお昼にしようよ」
夫婦と夫婦という新たな単語にとらわれた小町ではあったが、その響きはお嫁さんと同様に何となく心が軽やかになるような響きだったので、ちょっと楽しいまま、午前の販売所業務を終えた。
「エミリア、すぐにお弁当の用意をするの」
村役場でのお昼は、奥の部屋でテレビを見ながらみんなで小町謹製のお弁当と、運がよければ売れ残った小町のお惣菜を食べるのがいつもの習慣。
今日は小町とエミリアの二人だけ。
ちょっと寂しいけれど、アリスはゲンボクちゃんと離れるとあんなだし、村役場のお仕事も大事だから、小町はエミリアと二人で我慢しながら留守番をしている。
「このお芋さんはサクサクしておいしいねえ。これも自然薯なんだね」
「そうなのエミリア。とろろ汁もおいしいけれど、こうして揚げてもおいしいの。あとね、擦ってから野菜を混ぜて焼いてもおいしいの。今度夕食にするの」
「そりゃ楽しみだね」
そんな会話を二人で交わしながら昼食は進む。
エミリアはテレビに夢中。
小町は妄想に夢中。
「ゲンボクちゃんと私で夫婦なの、夫婦なの、二人で頑張るの」
うふふ。
小町は思い切ってエミリアに宣言してみた。
「私はゲンボクちゃんと夫婦になりたいの」
「夫婦?」
「夫婦のことなの」
するとエミリアは「マジかい」といった目で小町を見つめた。
「お前、あんなふうになりたいのかい!」
その晩のこと。
「ただいま、小町、エミリア、待たせてごめんな。夕食は済ませたかい?」
ゲンボク達が家に帰ってきた。
「ああお帰り」
出迎えたのはエミリアだけ。
「あれ、小町は?」
ゲンボクのある意味当たり前な質問にエミリアは頭を抱えながら答えた。
「あの子の小部屋だよ。実は小町の奴、今日の午後からずっとおかしくてさ。ゲンボクちゃん、様子を見てやってくれるかい?」
心底心配そうなエミリアの表情にゲンボクもただならぬ雰囲気を感じ、アリス達を置いて小町の荷物部屋に急いだ。
「なんだ小町、どうしたんだ?」
部屋を開けてみると、きれいに整頓された小さな部屋の隅で小町がうずくまっている。
「どうした、小町?」
「ゲンボクちゃんは私と夫婦になりたいと思ってくれるの?」
小町から放たれたのは、突然の剛速球ど真ん中。
これにはゲンボクも言葉に詰まる。
「え、いや。いきなりどうしたんだ小町?」
質問に対し質問で返すのは詭弁でありマナー違反である。
しかしゲンボクはつい卑怯な返しをしてしまう。
ところが今回はこれが功を奏した。
「小町はゲンボクちゃんと『めおと』になりたいの! でも、『ふうふ』にはなりたくないの!」
よくわかんねえ。
それがゲンボクの率直な感想。
さあ困った。
「ゲンボクちゃんは私と『ふうふ』になりたいと思うの?」
剛速球二球目が内角に決まる。
どうするゲンボク、決断は近いぞ!




