本免許試験
千里が学科試験会場に入っていくのを見届けてから、俺とアリス、そしてリザの三人は運転免許センターの近所にある「普通のショッピングモール」に出かけた。
ここのショッピングモールは「ド田舎のショッピングモール」よりちょっとだけ格上の外資系量販衣料店しかテナントに入っていない。
「ここは我が国発祥の店だな」
「自慢げに言わなくても知っているよ、リザ」
多少のコストアップは仕方がないか。
「それじゃあリザはここでアウターとインナーの一式揃えな」
そうしたらリザはいきなり迷彩柄の服を手に取った。
「それはエミリアとかぶるからやめておけ」
「そうなのか?」
「そうだ」
それにリザがそれを着ると見た目が本職でマジで怖い。
そもそも今着用している戦闘服姿が既に怖い。
「もっとベーシックなデザインのにしておけ」
「何だと?」
「文句言うと虐めるぞリザ」
「文句を言うと今晩虐めていただけるのか?」
「そう言う意味じゃねえ」
いいからさっさと買い物を進めろよ。
アリスも横で俺達の漫才を楽しんでいないで、リザのブラウスやらパンツやらスカートやらを選んでほしい。
リザもそんなにこだわるなら、下着だけは迷彩でも許してやるとしようかな。
俺もちょっと興味あるし。
「いいのかゲンボクちゃん?」
そうか、そんなにうれしいか、迷彩カラーのスポーツブラとショーツがよ。
俺も夜が楽しみだよ、そいつを脱がすのが。
「そしたらアリス、リザを買い込んだ普通の服に着替えさせてきてくれ」
「わかりましたわ」
リザがアリスに試着室に連れ込まれてから数分後。
「ちょっと照れ臭いな」
中から出てきたのは、白のブラウスに柄物のひざ丈スカート、そこにアイボリーのカーディガンを羽織った、高貴さすら感じさせる青い目の美婦人だった。
リザが落ち着いたところで、次はアリス達の秋物の用意だ。
アリスはまずスカートのコーナーを訪れている。
「これはエミリアに似合いそうですね」
そいつはふわりとしたミディ丈の山吹色がベースのフレアスカート。
へえ、秋っぽくていい感じだ。
「これは小町、こっちは千里かしら」
小町にはひらひらが可愛いホワイトフレアミニ、千里にはキュッとしまったブラックタイトか。
「でも千里のこれってちょっと短すぎねえか?」
「アンダーにこれを合わせるのですよ」
アリスが手にしたのはスカートと同色のレギンス。
なるほど、これで印象が一気にスポーティになるな。
「ところで、これはいかがでしょうか?」
次にアリスがおずおずと差し出したのは膝丈のネイビーペンシルスカート。
これは間違いなくアリスのだな。
「いいんじゃねえか、アリスに似合うと思うよ」
「ありがとうございます。それで、あの」
「はいはい」
みんなのスカートもお土産に買っていこう。
オータムニットのトップスも何枚かカゴにそっと入れたのには気づかないでいてやる。
それでは支払いを済ませて一旦運転免許センターに戻ろう
俺たちが運転免許センターに戻るころには、前回と同じベンチに千里が上機嫌そうな表情で座っていた。
あの表情なら学科は大丈夫そうだ。
「あ、ゲンボクちゃん、アリス、リザ、おかえり」
「おう、試験はどうだった?」
「楽勝だったよ!」
そうかそうか。
千里はいつも楽しそうに笑うなあ。
「技能試験の申し込みも済ませてきたからさ、次は十三時の集合だよ」
時計を見ると十一時半。
ファミレスに行って帰ってくるには微妙な時間だ。
「ボクはまたカレーを食べたい!」
ホントに千里は安く済む良い娘だね。
ということで俺達は今、予定通り免許センター併設の食堂を訪れた。
ただいま食券販売機前。
千里は光の速さでカレーを選択した。
それなら俺はカツカレーにするかな。
と、ここまでは三十秒もかかっていないはず。
しかしここからが長かった。
「日替わり定食というのは何かしら、ねえゲンボクちゃんお分かりになります?」
「アリスよ、そこにサンプルが置いてあるじゃねえか」
今日は焼き魚だとよ。
ちなみにご飯とみそ汁とお漬物付きだ。
「日替わり丼と言うのは何ですか?」
「アリスよ、お前の目は節穴か?」
焼き魚の隣に何が見える?
「ソースチキンかつ丼ですわ」
「そうだ」
それが日替わり丼だ。
「ところでゲンボクちゃん、ひとつ教えてほしいのだが」
「何だよリザ」
「ここにミニカレーというメニューとミニ炒飯というメニューがある。ところがだ、カレーはあるのに炒飯がメニューにないのだ。これはもしかしたら人種差別か何かの影響なのか? そうだとしたら、私には許し難いことなのだが」
話が長いよリザ、大体誰と誰を差別してんだよ。
「単に需要の問題だろ?」
「ラーメンがあるのにミニラーメンがないのも解せぬ」
しつこいねお前は。
「リザもアリスもメニューが決まっていないのなら、一旦券売機から離れろ」
俺は後ろに並んでいるおっさんたちの視線が痛いよ。
「あら、これは失礼いたしました」
「これは済まなかった。さあ、先に買ってくれ」
こいつらは自分たちが場の雰囲気から浮きまくっているのがわかっていない。
二人に声をかけられたおっさんどもが動揺しまくっているよ。
すまんおっさん達、何とか落ち着きを取り戻して午後の試験に挑んでくれ。
と、心の声でおっさんたちに詫びておく。
「で、決まったのかアリス、リザ」
「私は日替わり定食と日替わり丼にいたしますわ」
「お前はこないだのハンバーグセットでの反省が全く生きていないな」
頼むからどちらか一つにしておけ。
「私はミニカレーとミニ炒飯にしよう」
「後悔するなよ」
リザもサイドメニューだけだとか、妙な注文をするんじゃないよ。
後で腹が減っても知らねえからな。
「ボクもミニ炒飯を追加で頼もうかな」
「わかった千里」
お前はさんざん待たせたから、気が済むように頼んでいいぞ。
四人がけのテーブルに届いた食事は、俺の前にカツカレー。
千里の前にはカレーとミニ炒飯。
で、アリスの前には焼き魚とソースチキンかつ丼とみそ汁と漬物。
「日替わり定食のご飯は遠慮させていただいたのですよ」
「ああそうかい」
そこだけは反省が生きているな。
結局両方頼みやがって。
「ゲンボクちゃん、この店は私をバカにしているのか?」
「俺は後悔するなと言ったよな?」
注文したのはお前だろ、黙って食え。
リザの前には一口サイズのカレーと炒飯がちんまりと並んだ。
ということでリザはまさしく二口で食事終了。
「ところで千里、ロースカツを一切れ食べるか?」
「食べる!」
「美味いか?」
「美味しいよ!」
そりゃよかった。
「それじゃあ午後の試験も頑張れよ」
何だよリザ、そのもの欲しそうな顔は。
仕方ねえな。
「リザもカツを一切れ食べるか?」
「いただこう」
何を格好つけてんだよ。
でな、一口で食べ終わるなよ。
って、どう見てもまだ食い足りないよなお前は。
「私にはくださらないのですか?」
アリスよ、お前は焼き魚とチキンカツで口の周りをべたべたにさせながらヒイヒイ言っているのにそうくるか。
やめろそんな恨めしそうな目で俺を見るな。
「わかった一切れやるから!」
「それでは私からはこれを差し上げますわ」
そう言ってアリスが俺に差し出したのは食べかけの焼き魚。
「お前は俺に焼き魚カレーを食えというのか?」
「身が柔らかくて脂が乗っていて美味しいですわよ」
違うな、その顔は明らかに油過多で胸やけを起こしている顔だよな。
大体どこに焼き魚とソースチキンかつ丼を一緒にかっ込む少女がいるんだよ。
って、最近は大食いとかでそういう女性も多々いるのか。
「リザ、食べ残しで悪いが、このカツカレーをお前が食べるか?」
「ぜひともいただこう!」
素直に喜んでもらえてうれしいよ。
その後、俺は食堂のおばちゃんに、一旦アリスがキャンセルしたご飯を頂きに行って来たんだ。
さて、気を取り直して試験前の腹休めだ。
ちょうど自販機もあることだし、お前ら何か飲むか?
「それでは緑茶をいただきます」
「ミルクコーヒーにしようかな」
「ドクターペッパーだ」
残念ながら日本ではドクターペッパーはマイナーなんだ。
「ないよそんなもん」
だからいちいち驚いたような表情になるんじゃないよ。
「ならばコークだ」
最初からそうしておけ。
俺は炭酸にしておこう。
午後からは千里の技能試験が無事スタート。
彼女の試験中、アリスとリザの二人を連れた俺は、周りのおっさんどもから放たれる視線に突き刺し続けられたんだ。
それはそうだ。
千里はともかく正統派美少女のアリスとクールビューティのリザは明らかに場違いだし。
免停やら取り消しやらで免許再取得の兄ちゃんやおっさんも多いし、ガラが悪い連中が一定数いるのは仕方がない。
よかったぜ運転免許センターが警察施設で。
おや、終わったようだな。
あの笑顔なら間違いなく合格だろう。




