フォールダウン
五人での生活がすっかりなじみ、それに合わせて季節も変わろうかというある夜。
家の屋根を強く叩く音が響く。
外はこれまでの暑さを洗い流すかのように、雨が降り続いている。
それはすでに豪雨と呼んでもおかしくない規模になっていた。
この村も過去何度か陸の孤島にになった経験があるので、どうしても雨には敏感になってしまう。
豪雨の響きに。
そしてできれば聞きたくない「非常時を知らせる音」に。
「心配ですか？」
アリスは俺の表情を読むかのように、窓際で外を気にする俺のところに自然と寄り添ってくる。
「ゲンボクちゃん、どういたしますか？」
心配そうな目線で俺を見つめるアリス。
外界を打つ豪雨がそう見せるのか、今のアリスは普段以上に愛らしい。
アリス、お前は心配しなくていい。
お前に何が起きようと、俺が全てを引き受けてやるからな。
「ゲンボクちゃん……」
「それじゃ俺はお前からこれを選ぶからな、そしたらお前は次はこっちを選ぶんだぞ」
同時に満面の笑顔で喜ぶアリス。
「ゲンボクちゃん大好き！」
そんなにも喜んでくれて俺もうれしいよ。
お前の手元から、おばあさんの絵が描かれたカードを狙って引くだけでさ。
「さあ次のゲームよ。次もビリのゲンボクちゃんがカードを配ってね！」
はいはいわかりました。
ホントお前ら、ビリが嫌いだよな。
ちなみにそれぞれがビリを引いた時の反応。
アリスの断末魔
「アリスは手元に残ったおばあさまのように、これから皆様を呪うことにいたします」
小町の断末魔
「小町におばあさんを回して来た子には、もうご飯をこしらえてあげないの」
エミリアの断末魔
「お前たち、あたしの手元にこの老婆のカードが残るのが、どれだけあたしの心に傷を残すのかわかっているのかい？」
千里の断末魔
「結局みんなボクのことが嫌いなんだよね？ だからボクにこんなしわくちゃさんを押し付けようとするんだよね？」
お前ら「ババ抜き」で必死すぎ。
で、結局こいつら四人の順位が決まった後、俺はビリになる役目を仰せつかりながら、外の様子をうかがっているわけだ。
こうして雨の夜長を過ごすのも十分ありだと思う。
ん？
「何だあの響きは？」
千里も気づいたようだ？
「ゲンボクちゃん、なんか金属同士がぶつかったような音がしたよ！」
そうだな千里。
「ちょっと様子を見てくる」
「あ、待ってゲンボクちゃん！」
「様子を見に行くだけだから、アリス達は留守番をしていてくれ」
音が響いたのは北の空から。
家からだと村はずれからさらに奥の山林の中になる。
何だこの感覚は？
とっさに上空に目線をやると背筋から汗が流れる。
それは身体を打つ雨よりも冷たく俺を突き刺す。
「なんだよこいつは！」
豪雨の闇から突然姿を現したのは、轟音を放つ黒い鳥だった。
そいつはみるみる俺に近づいてくる。
いや、近づいているのではない、俺に向かって「落下」してきている。
ちょっと待てよおい！
何だこれは！ 待てよ死ぬよ俺このままじゃあ！
「ゲンボクちゃん、アビリティレベル１ですわ」
背中に届いたアリスの声で俺は冷静さを取り戻した。
Construct the primary core, 'the Strong Man'.
同時に黒い鳥は俺に何らの衝撃も与えることなく、俺の前で断末魔の轟音を響かせた。
俺は黒鳥を俺自身の身体能力で受け止めて見せたのだ。
アリスの声が続く。
「続けて私のアビリティを起動してくださいまし」
「そうだったな！ 来い、アリス」
Construct the basic surface, 'the Analyzer Maiden'.
「分析を開始します」
いつもより近い位置でアリスの声が響く。
それは耳よりももっと間近、そう、脳内で。
アリスのアビリティレベル１は「分析する乙女」
俺と同化することにより、分析能力を一気に引き上げる効果を持つ。
そしてもう一つ。
アリスは「基本外殻」であり、他の三人とは一線を画している。
「どうだアリス？」
「先ほどの衝撃で出火しています、まずは消火いたします」
「消火となればエミリアか？ 小町か？」
「ここはエミリアの能力に頼りましょう」
アリスの冷静な分析に従い、今度はエミリアに念を送る。
「こい、エミリア」
「はいよ、ゲンボクちゃん」
Construct the advanced surface, 'the Chemical Lady' .
「エミリア、航空機事故です」
「はいよアリス、ならば『ＣＨＦ３』を使うよ！」
「頼むぞエミリア！」
エミリアの了解を確認した俺は改めて両手を目の前の黒鳥に向ける。
同時に手のひらから何かガスのようなものが噴射された。
エミリアのアビリティレベル１は「化学の淑女」
俺と同化したアリスをさらに覆うように同化することにより、周辺環境から他の化学物質を瞬時に合成する能力を持つ。
但しエミリア達は「追加外殻」であり、俺との間にアリスがいないと発動できない。
つまりアリスはオペレーションシステム、エミリア達はアプリケーションシステムの関係にある。
アリスが俺の元から離れようとせず、俺がアリスを置いて千里と出かけてしまった日に錯乱したのは、恐らくは彼女達のアビリティレベル１に開眼する前からアリスは俺とエミリア達との関係を無意識に理解していたからなのだと思う。
「消火完了！ 続けて機体冷却を行います」
「よし、次は小町だ」
「わかったの」
Construct the advanced surface, 'the Thermal Lolita' .
「このまま救助可能な温度まで機体を冷却するの！」
続けて俺の全身から冷気が発生し、それを急激に黒い鳥に移していく。
小町のアビリティレベル１は「熱量の幼女」
彼女はエネルギー保存則を無視して俺を中心に熱量を自在に操ることができる。
「冷却完了。次は乗員の救出です」
「千里、頼むぞ」
「わかったよ！」
Construct the advanced surface, 'the motion Girl' .
「千里、ゲンボクちゃんの意思に従って救助活動開始！」
「わかったアリス、いくよゲンボクちゃん！」
「いくぞ、最優先は乗員の救助だ！」
同時に俺たちは黒い鳥のハッチを蹴り破り、乗員の救出を開始した。
千里のアビリティレベル１は「運動の少女」
彼女は小町とは対照的に、運動方程式を無視して俺と俺が指定した存在の速度をコントロールすることができる。
現場に到着してから、時間にしたらものの三分程度だっただろうか。
ふいにアリスの優し気な声が俺の脳裏に響いた。
Release All.
俺の前には目の前のモノから救助した三人の男性が横たわっている。
それは揃いの軍服に身を包んだ屈強な男性たち。
この国の国籍を持っているとは思えない男性たち。
そしてもう一つ。
黒い鳥の正体は俺の目の前に転がる鉄の塊。
それはＵＨ－６０系 多用途ヘリコプター。
通称「ブラックホーク」
この国に配備されているそれではないと明らかに分かる武骨な兵器を装備した軍用ヘリコプター。
なぜお前たちがここにいる！
なぜお前たちがこの国の空を飛んでいる！
「どういたしますか？」
「どういたしますかと言われてもなあ」
このままにしておくわけにはいかないが。
「通報したら藪蛇かもなの」
「そうだな小町」
こいつらがこんなところに墜落したなんて世間に公表できるはずもない。
そんなことをしたら国中が大騒ぎになるだろう。
「下手をすると村にも悪影響があるかもしれないねえ」
「それが問題だエミリア」
下手な対応をすれば、俺達だけでなく村全体が事件のもみ消しに巻き込まれるかもしれない。
「追い返しちゃえば？」
「できればそうしたいけれどな千里」
でも、この機体では飛べないだろう。
あ、そうだ。
こいつを「付喪」にしたらどうだろう。
で、分身でお帰り願うというのは？
あれ？反応鈍いねみんな。
「ゲンボクちゃんのおっしゃることはわかりますわ」
「でも、愛情を注がれたことのない相手の付喪になるのは切ないの」
「多分こいつは、そこに寝ている連中に可愛がられていただろうしね」
「好きになった男の人のために、自分の身体を投げ出すようなものだしさ」
「そうか、そういうもんなのか」
でも、このままっていうわけにもな。
それに乗員たちの怪我も心配だ。
ここで死なれるのも目覚めが悪い。
「あ、ちょっと待って！」
「どうした千里？」
見ると、千里はブラックホークに近づき、機体に頬を当てている。
「いいの？」
「わかった、頼んでみる」
「ゲンボクちゃん、前言撤回。この子を付喪にしてあげてください」
「それはブラックホークの意志か？」
「そうだよ、今まで大事にしてくれた乗員たちを助けたいってさ」
「わかった」
わかったよ千里。
お前がつらそうに浮かべている涙のためにも頑張ってみるよ。
