ミッションクリア
信金さんと俺たちが今後も「信金さんの日」を続けるために見直す項目はいくつかある。
まず、信金さんたちがこの村に訪れる頻度を落とすためには「現金」の動きを最小限、できればゼロにすればいい。
これは具体的にどうするかというと、これまで村役場に現金で預託していた村人の小口現金を、すべて「預金化」してしまうのだ。
方法は二つ。
一つは村役場に信金さんの負担で通帳とカード専用の「振込専用機」を設置してもらう。
これはATM(現金自動預け入れ払い出し機)と異なり、現金の補充を必要としない。
過去にATMを設置して失敗したのは「現金」の利用がこの村でほとんどなかったために、現金管理のセキュリティに費用をかけるのに割が合わなかったからだという。
ならば振込だけにすれば現金の補充コストやセキュリティコストも抑えられるはず。
念のためその隣に「通帳記帳繰越機」も設置してもらう。
この機械を使えば村民は入出金が自動で確認できるし、通帳が一杯になってしまっても機会が新しい通帳を作成してくれる。
通帳の補充については村役場で白紙の通帳を預かる方法もあるが、これくらいは信金さんにメンテナンスをお願いするつもりだ。
もう一つは全村人の口座をインターネットバンキング化すること。
こうすればネット環境さえ整えばお年寄りの自宅でも技術的には資金移動が可能になる。
ここまでが準備。
次に運用について。
「御用聞き」はこれまで通り行うが、ど田舎のショッピングモールが掲載する「ウェブチラシ」を事前に役場で印刷の上、各戸に配っておく。
こうすればより詳しい御用聞きが可能となる。
そのうえで御用聞きの伝票は、これまで通り各戸に記載してもらい、回収することにする。
さらに集計した結果をショッピングモールの管理者に前日に送信し、翌日の欠品がないように事前にピッキングをお願いしておく。
こうして御用聞きの規模を、これまでより「少しだけ」大きくしておく。
これは信金さんの日の出店縮小を補填するための措置。
一方「信金さんの日」は、これまで各店主がそれぞれ運搬車両を用意し、個別に村まで商品を運んできたが、これを共同配送にする。
具体的には、各店主は冷凍冷蔵品を除き「かご台車」という、縦横一メートル、高さ二メートルほどの箱に車輪がついたものに、それぞれが販売する商品をあらかじめ積み込む。
それをショッピングモールに出入りしている運送会社がトラックに積み込み、まとめて「信金さんの日」に村まで運ぶ。
当然ショッピングモールの専門店もこの共同配送には参加できるようにする。
また、店主たちは別途マイクロバスなどを用意し、全員が一緒に村までやってくるようにする。
これならば運送会社に支払う運賃を分担しても、それぞれがこれまで費やしてきたガソリン代や労力に比べれば大した出費にはならないし、家族から運転を止められていた商店主も参加できる。
最後に支払いだが、各業者に対しては村役場が一括して、村人たちが支払うべき代金を立替払として、インターネットバンキングによる「振込」によって支払う。
その際に振込手数料を無料にするため、各店主や専門店にはあらかじめ信金さんに口座を開設しておいてもらう。
村人から村役場への支払いは、基本は村役場の「振込専用機」を使い、キャッシュカードと振込券で、村民自らの手で村役場の口座に振り込んでもらう。
機械操作には、村役場職員であるアリスたちがサポートにつく。
一方でなかなか役場まで来るのがしんどいお年寄りのために、これもアリス達が各戸を回り、インターネットバンキングによる振込をサポートする。
それなら最初から「インターネットショップ」を村民それぞれが利用すればいいじゃないのかという疑問は、信金の若い行員から当然上がった。
しかしそういうものではない。
なぜなら村人にとって「信金さんの日」は「お祭り」だから。
それに、インターネットショップでは商品を手に取ることができないし、店主との値引き交渉もできない。
それではあまりに味気ない。
こうした村では「コミュニケーション」が必要なのだ。
後日この方法は採用され、信金さんは毎月村には来なくなった。
が、その後も毎月この日は「信金さんの日」として村民に愛され続けることになる。
個人として小町がこしらえる惣菜をわざわざ買いに来てくれる信用金庫の支店長さんなども交えて、楽しく過ごす一日として。
当然支店長の支払いも振込だがな。
それに信金さんから支払われる「機器管理委託料」も新たな村の収入となった。
こうして無事信金さんの日が終了し、俺たちはいつものように五人で家に帰った。
この2DKで生活するのも今日が最後。
明日はいよいよ引っ越しである。
「小町のカレーは最高だよ!」
「喜んでもらってうれしいの」
運転免許センターでカレーにはまった千里は大喜びで小町のカレーをほおばっている。
「千里の言うとおり、これは美味しいですよ!」
「何か隠し味を入れたのかい?」
アリスとエミリアには、うれしそうに黙って微笑むだけの小町。
しかし俺は知っている。小町が小町セレクトからビターチョコレートを一片持ってきて、鍋に入れていたことを。
今日は一日忙しかったし、明日も引っ越しで大変だから早く寝ようという俺の提案はあえなく却下された。
なぜか俺の布団をはさんで「アリス・小町」と「エミリア・千里」が対峙している。
本日の議題は「明日からの食卓とソファーにおける席順」についてらしい。
「やはりここは私と小町がゲンボクちゃんのお世話をしなければなりませんから、ゲンボクちゃんの両隣りは私と小町ではないかと……」
はあ、ありがたいことです。
「小町はお代わりやら何やらで台所に近い方が便利だろう? それにアリスと小町は村役場でゲンボクちゃんと過ごす時間が長いんだから、食事時くらいはあたしと千里に席を譲りなよ」
そういうものですかエミリアさん。
「わかっておりませんわねエミリアは! いかにゲンボクちゃんに快適にお過ごしいただくのかが私たちの使命なのですよ!」
「アリスこそわかっていないんじゃないのかい? お前、さっきゲンボクちゃんがご飯粒を口元でお弁当にしていたのに気づかなかったじゃないか。あれを取ってあげたのは、あたしだよあ・た・し」
そういやアリスは食事のときは料理に集中しているものな。
馬車馬みたいに料理しか見えていないし。
「そんな些末な事は知りません!」
「これが些末なことなら何が大事なんだい!」
「なあお前ら」
「なんですかゲンボクちゃん!」
「悪いけど邪魔しないでおくれゲンボクちゃん!」
小町と千里は、すでに寝落ちしているんだけどな。
俺の両方の太腿を枕にしてという、俺の分身にとっては拷問のような位置でな。
「あら」
「まあ」
「な、わかってくれたか。だから今日は寝ようよ。小町と千里の位置を元に戻してさ」
「ごめんなさい」
「すまなかったよ」
アリスもエミリアも、わかってくれたらいいんだ。
それじゃあ小町と千里を起こさないように元の位置に戻してくれ。
それじゃ行こうかね。
「え?」
「え?」
「え?じゃねえよ二人とも」
この荒ぶる分身で、これからお兄さんが二人まとめて客間でコッテリとエネルギーを充填してやる。
覚悟しろ。
ちなみに翌朝も、いつものように早起きしてきた小町と千里相手にエネルギー充填をを済ませました。
俺の身体、本当に大丈夫か?
今日は一日引っ越し。
村役場から荷車を借りてきて、タンスなどの家具を人力で移動していったのだが、やはり俺の身体がおかしい。
「どうされたのですか、ゲンボクちゃん?」
「いえね。なんか俺、力持ちになったみたいでさ」
家具とか冷蔵庫とかがひょいひょい持ち上がるんだ。
するとアリスは何をいまさらとばかりに俺に答えたんだ。
「それはそうですよ。単純に二人分のお力をお持ちなんですから」
二人分?
「ご主人様と、今は意思なきご主人様ですわ」
そっか。
「そういえばアリス、レベル2の内容を……」
聞こうと思ったが、途中でエミリアの声にさえぎられた。
「ゲンボクちゃん、アリス! 家具を降ろすのを手伝っておくれ!」
おっと、まずは引っ越しを済ませなければ。




