信金さんの日
村の広場には二トントラックや軽のワンボックス、冷凍バンなどが並び、それぞれ簡易タープなどを工夫して仮設店舗を設営している。
村は普段の閑静さからは想像できない、まるでキツネやタヌキが化けて混じってんじゃないかというくらいの人々が役場を訪れ、月に一度の預金確認や現金出金、役場への小口現金の精算と補充などを終えている。
それから月に一度の散財を楽しむかのように広場に向かっていく。
いつの間にか村長や議員さんたちも姿を現し、村人たちとあいさつを交わしている。
「ゲンボクや、疲れたから車いすを持ってきてくれるか?」
村長も議員の爺さんたちは、一人で何でもできる癖に、俺を見つけると色々とこき使おうと画策する。
しかし今回からは俺には頼りになる部下たちがいるのだよ。
「村長さん待っててね! ボクがとってくるからさ!」
小町の手伝いをしていた千里がすぐに気づいて、俺の代わりに村長の家まで車いすを取りに行ってくれた。
「こんにちは、宅配便です。お届け物がたくさんありますけど、どうしましょうか?」
「おう、猫の運送屋じゃねえか。それじゃあこっちに車を回してくれるかい」
ちょうど密林で注文した荷物が猫の宅配便が届いたので、届け先を役場から新居に変更してもらった。
新居ではエミリアが工事立ち合いをしながら、すでに搬入された家具やらを楽しそうに配置している。
「エミリア、密林でお前らが買った荷物が届いたぞ。とりあえずの受け取りを頼むな」
「はいよゲンボクちゃん。食卓やソファーなんかは並べておくからね。あ、そうだ。小町の手が空いたら、台所周りの整理に来るように言ってくれるかい?」
「ああわかった」
今日は販売所を営業してもあまり意味がないしな。
すぐに来させるとしよう。
「ところで猫の兄さん。ぼうっとしていないでさっさと荷物を降ろせや」
「あの、ゲンボクさん。あの女性はどなたですか?」
「俺の遠縁だ」
なんだよその顔は兄さん。
お前、普段はこんな田舎の宅配なんて人件費が合わないとか、密林の言いなりになっている本社の連中は営業所の経費も補償しろとか愚痴を言っているのに、今日は文句ねえのか?
「これからも『猫の宅配便』をご利用ください。今日もありがとうございました!」
調子いいな兄さん。
って、俺じゃなくてエミリアに向かって言っているのね。
俺は小町に新居へと顔を出すように指示をしてから、再び信金さんと、今度は村役場の現預金確認をアリスを帯同して始めようとしたのだが、なぜかアリスの周りに複数の爺さんたちがたむろしている。
「どうしたアリス」
「インターネットショッピングのサイトを皆で見ているのですよ」
アリスの後ろから役場のパソコンをのぞき込みながら、爺さんたちはあれやこれやとアリスに質問したり確認したりしている。
へえ、爺さんたちもああいうのには興味があるんだな。
半分はアリスとの会話を楽しんでいるようだが。
そういうことなら帳簿のチェックは俺一人でやるとしよう。
村長室で帳簿と現預金のチェックを終えると、支店長さんがおもむろに俺に対して切り出してきた。
「ところでゲンボクさん、折り入ってご相談がありまして」
「何でしょう?」
「実は、『信金の日』の見直しを行いたいのです」
俺たちの言う「信金さんの日」は、信用金庫が町の商店主たちに声をかけて、俺たちの村での利便性と、町の個人商店主の売上促進を両立させるために、村と信用金庫の共同事業として始められた。
そしてそれはそれなりの成果を上げていた、これまでは。
ところが、やはり月日の経過とともに状況も変わってくる。
まずはインターネットの普及による「情報と商流のリアルタイム化」が挙げられる。
これは金融業においても急速な変化を促した。
「インターネットバンキングが当たり前になったこの時代に、こうしてお客様のために月に一回遠隔地に出向くサービスは『コストの無駄』だと上層部から指摘されたのです。また、多額の現金を移送するリスクについても毎回指摘されております」
支店長は悔しそうな表情で俺にそう語った。
そうだよな。
足で稼ぐのが信金さんなのに、そんなことを上から言われちゃうのは悔しいよな。
「失礼しました」
支店長は深呼吸をするかのように息を整えると、話を続けた。
もう一つの理由は、個人商店の高齢化。
今日も広場は賑わってはいるが、最盛期ほどの店が出店しているわけではない。
一台のトラックを複数の店舗が共有していたのも見受けられた。
「この村での商売は、皆さん相変わらず好調なのですが、街の実店舗が立ち行かなくなっているのが現実なのです」
支店長の話によれば、すでに数人は実店舗での営業をあきらめ、半分義務感で今日の祭りのために仕入れを行い、信金さんの日に参加をしているらしい。
さらには、本人は参加したくても体が動かず、三時間の運転なんてとても認められないと家族に止められた店主もいるそうだ。
「本末転倒ですね……」
俺はそう漏らすしかなかった。
すると、俺と支店長さんが沈黙していながら相対していたところに、こんこんとノックの音が響いた。
「なんだアリスか。どうしたんだ?」
俺はアリスを手招きして、横に座らせた。
「実はお爺さんたちもインターネットで買い物をしたいとおっしゃっているのですが、今のままだと決済ができないのです。村役場のクレジットカードを使っちゃまずいですよね?」
ああ、それはまずいな。
「そういや支店長さん、信金さんのキャッシュカードで直接買い物はできないよね」
「直接は無理ですが、クレジットカードを紐付けしていただければ可能ですよ。信金グループでカード会社の与信も取れますから、当行に口座をお持ちの方ならば、カード発行も問題ないでしょう」
ふーん。
何となく何とかなりそうな気がしてきたな。
クリアしなければならない問題はこんなところ。
まずは信金さんが村に来なくても同等の金融サービスを村民に提供できること。
二つ目は現金以外での決済を村人ができるようになること。
三つ目は高齢化した商店主らの負担を軽減すること。
あ、そうか。
「なあ支店長さん、あんたら、ど田舎のショッピングモールとはお付き合いあるかい?」
「ええ、メインバンクではありませんが、地主やテナントの方々とは何らかのお付き合いはさせていただいておりますよ」
ならさ、こんなアイデアはどう?
すると支店長が良い感じで食いついてきた。
「もう少し詳しくお聞かせください」
「それじゃアリス、お前のノートパソコンを急いで取りに行ってくれるかい?」
ノートを取りに行かせるのは、支店長さんと俺とのやり取りを議事録として残すためだ。
「わかりましたゲンボクちゃん、すぐに行ってまいります」
「それでは私の部下も同席させてもよろしいですか?」
「ぜひそうしてください」
アイデアはともかく技術的なことはわからないところもあるから、プロの同席はこちらとしてもありがたい。
こうして俺とアリス、信用金庫の支店長さんと行員さん数人で、新たな「信金さんの日」についての模索を始めた。
「ゲート部分のシステムはすぐに対応可能だろう」
「セキュリティはここで維持できますか?」
「この費用は信金さん持ちで行けるかい?」
「ショッピングモールとの調整は私の方で可能だと思います」
「実店舗を廃業した店主にはあきらめてもらうしかありませんね」
「村人にはアリスから個別に説明をさせよう、できるなアリス?」
「お任せくださいゲンボクちゃん」
「ゲンボクちゃん?」
なに一斉に声を揃えて俺の名前を呼んでいるんだ信金の行員さんたちよ。
俺がアリスに「ちゃん」呼ばわりされたらおかしいか?
「逆だったらセクハラですよね」
女性行員がそうつぶやいた。
これだから銀行員の頭は固くて困るぜ。
アリスはよくてアリスちゃんはダメだっていう基準もよくわからない。
するとここで小町が顔を出した。
「ゲンボクちゃん、アリスお姉さま、お昼ご飯なの」
「おおそうか、それでは信金さんたちはいつもの通り会議室を昼食に使ってくれ」
「信金さんたちにもお茶とこれを用意したの」
小町が持ってきたのは小さめのやかんにたっぷりと入れたお茶と湯呑、それからおすそ分けの煮物。
今日はかぼちゃだな。
弁当を持ってきた信金さんたちに、小町がこしらえた煮物は大好評だった。
男性事務員が漏らした不用意な言葉によって女性事務員の間に不穏な空気が流れる程度には。




