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アリスのお仕事

「ありがとうゲンボクちゃん!」

「おう、それじゃあ帰りがてら路上教習を始めよう」


 車の前後にはインクジェットプリンタ用のマグネットシートで作成した「仮免許練習中」の表示が燦然と輝いている。

 このシートは千里が先日の買い物で購入してきたものだ。

 

 千里に運転を任せて改めて俺は驚いた。

 これが「一体化」と言うのだろう。

 千里は俺が運転するよりもはるかに自在に車を乗りこなす。

 しかも交通法規も完璧に遵守している。


 おっと。

「千里、ちょっとその店に入ってくれるか」

 俺がその店で手にしたものを千里は興味津々と覗いてくる。

「へえ」

「なんだよ千里、お前も欲しいのか」

「ボクはいらないよ。それよりカレーの材料も早く買おうよ」

 そうだったな。


 家に着いたのは二十時を少し回ったころ。

 十九時を過ぎたら夕食を先に済ませておけと言っておいたが、大丈夫かなあいつらは。

 

「ただいま」

「ただいまー」


 返事がない。

 

 家の中は静まり返り、まるでお通夜状態だ。

 すると小町が寝室から出てきた。

「ゲンボクちゃん、千里、お帰りなの。すぐにご飯を温め直すの」

 ああ、悪いな小町。

 エミリアはちゃぶ台で片肘を突きながらグラスを舐めている。

「ゲンボクちゃん、焼酎をいただいているよ」

「それは構わないが、アリスはどうした?」

「あそこだよ」

 エミリアが指さした寝室の方に目線をやると、そこには壁を背にしたメイド姿のお人形がぽつんと置かれていた。

 まさか、いや、まさかな。


 するとエミリアは諭すような声で俺に続けた。

「ゲンボクちゃん、あたしと小町はいいからさ、次からはアリスを連れて行ってやってくれるかい?」

 小町もエミリアに続く。

「今日はアリスが大変だったの」

 何やら困り果てた様子でため息をついている。


「でも、あのアリスがお前達に迷惑を掛けるとは思えないが」

「そう思うなら声をかけておやり」


 俺はアリスの人形の前に正座で向き直った。

「どうしたアリス、今日はちゃんとお仕事できたか?」

 

 ぽんっ

 

「お言いつけどおり、ちゃんと一日受付のお仕事をしましたわ」

 目を真っ赤にし、何かを我慢しているようなアリスが姿を現した。


 同時にエミリアがやれやれとばかりに今日の状況を説明してくれる。

「アリスは一日中べそべそ泣きながらの受付だったからね、爺さん婆さん達が心配して大変だったよ」

 小町も首を左右に振っている。

「みんなに心配かけちゃったの、困ったの。ごめんねアリス、でも小町は今日は楽しくなかったの」


 エミリアと小町にアリスが声を振り絞ってたどたどしく重ねていく。

「でも、アリスは受付のお仕事はご主人様のご指示通り、ちゃんと、お言いつけどおり、に、しました、わ」

 そうか。


「でも、でも! アリスのお仕事はご主人様にお仕えすることなのです。ご主人様と離れるのはお仕事をしていないということなのです!」

「わかった、わかったからアリス」

 わかったから、俺のために涙を流すのはやめろ。


「アリスはお人形の付喪つくもだからね。ボクたちよりもそういう気持ちは強いと思うよ」

 千里もそう言ってくれるのか。


「そしたら、残りの三回はアリスも一緒に行こう」

「よろしいのですか?」

「ああ、その代わり、お出かけ中もお前には車内で仕事をしてもらうからな」


 一転して明るい表情となったアリスに俺はあるものを手渡した。

 それは帰りに街で買ってきた薄型のノートパソコン。

 最近はタブレットが主流になってきているので、このタイプは結構安く入手できる。

 サイズはアリスのバッグにすっぽり入るように計算済み。

 本体に傷がつかないようにインナーケースも同時に購入した。

 ちなみに色はレッドだ。

 なお、初期設定は俺のクレジットカード認証も含めて車内で済ませてきた。


 突然渡されたノートパソコンを手にぽかんとしているアリスに続けてやる。

「でな、お前がそのパソコンで他の三人の面倒も見てやれ。あと、家の家計簿とかも任せたぞ」

 当然千里の免許取得に出かけている間も、お前はそれを使って車の中でも免許センターの待合室でも仕事をするんだ。


「いいな? 任せたぞアリス」

「はい!」

 今度はうれし泣きか。


 俺と千里が夕食を食べている間、新しいパソコンを手にしたアリスは、背中に小町とエミリアを従え、恥ずかしそうな、興味深そうな、嬉しそうな表情をころころと変化させていた。

 既に画面は密林のトップページを表示し、まるで今日一日迷惑をかけたのを詫びるかのようにアリスは小町とエミリアに言われるがままの画面を表示している。


 おっと、クレジットカードの利用残高表示も教えておかなければ。

 このままでは際限なく買い物をしそうだもんな。


 この夜、全員に胞子エネルギーを充填し、皆が寝息を立て始めたときに、アリスが再び俺の横にそっとやってきた。


「ゲンボクちゃん、the() ability(アビリティ) level(レベル) 2(トゥ).が開眼しました」

「内容はわかるか?」

「はい」


 どうやらアリスが俺のそばから離れたがらなかったのは、このアビリティが原因らしいな。

「わかったアリス、またどこかで試してみよう」

「はい、ゲンボクちゃん」


 それじゃあ寝るぞアリス。

 右腕は枕に貸してやるよ。

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