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仮免許

 今、俺は千里と二人きり。

 千里は申し訳なさそうに肩をすくめながら、自身の分身である車の助手席に小さくなって座っている。

 時折俺の表情を伺っているのには気づいているが、俺も今は千里にかけてやる言葉がない。

 唯一かけてやれる言葉は、


「千里、気にするな」

 これだけ。


 それは昨夜のこと。

 千里に運転免許を取得させるため、俺と千里で有給休暇を取得することにしたのだが、これにアリス、小町、エミリアの三人が噛みついた。


「それならば私も有給休暇をいただいてお供しますわ」

「冷凍ショーケースを探すの」

「ネットじゃ肌触りとかは分からないからねえ、ああ楽しみだよ」

「お前ら、役場はどうすんだ?」

 

「ですから有給休暇を」

「販売所もお休みにするの」

「終日外出中にしておけばいいだろ?」

 言いたいことを言いやがる。

「あのね、キミ達はお給料をもらったばかりでしょ?」


「痛いところを突くねえ」

 だろ? エミリア。

「小町は困ったの」

 そうか、小町ももう少し悩んでみろ。

「私はゲンボクちゃんにお仕えするのがお勤めですから」

 どうやらアリスは全くわかってないな。

 

 結局俺と千里の二人は朝四時起きで家を出てきたのだが、その時にひと悶着あったんだ。

 まさかアリスがあんなにかたくなになるとは思わなかった。

 

「それじゃ行ってくる」

「おにぎりをこしらえておいたの、千里の好きなおかかなの」

「お茶も水筒に入れておいたからね。千里、頑張ってくるんだよ」

 ここまでは良かった。


「それでは千里、ゲンボクちゃん、参りましょうか」

「アリス、お前も留守番だ」

「えっ?」

 えっ? じゃねえ。

「お前も仕事があるだろ?」

 なんだその心底不思議そうな顔は。

 

「私はゲンボクちゃんにお仕えするのがお勤めですから」

「あのね、エミリアも小町もお留守番なんだから、アリスも今日は受付業務をしていなさい」

 

「私はお仕えするのが」

「くどいぞアリス」

 そんな顔をするんじゃない。


「一緒に参ります!」

「ダメだ!」

「参ります!」

「ダメだ、俺の言うことが聞けないのか!」

 

 ぼんっ


 目の前にメイド姿のお人形が転がった。

 アリスめ、引きこもりやがった。

 

 しかし、ここで甘い顔をすると、今度はエミリアや小町に対して不公平になってしまう。

「アリス、受付の仕事は任せたからな」

 そう命じた俺の言葉に、人形は何の反応も見せなかった。


 一緒に暮していればこんなこともあるだろう。

 千里が気にし過ぎて今日の試験に影響が出ても困る。


「なあ、千里。お前が免許を取ったら、みんなでどこに出かけようか?」

「実はね、小町とさ、鼠の国に行きたいねって話をしたんだよ」

 へえ、鉄板だな。


「そしたらアリスがネットでいろいろと調べてくれたんだ」

 お前ら仲良しだもんな。

「エミリアはお酒が飲める鼠の海の方に行きたいって言っていたよ」

 あいつは鼠と一緒に酒を飲むつもりか。

 

 そんな与太話をしているうちに、千里の気分も切り替わってきた様子。

 大丈夫さ、アリスはお前達のリーダー格だろ。

 心配しなくても大丈夫だ。

「よし、小町が用意してくれたおにぎりを出してくれ」

「わかったゲンボクちゃん!」


 しかし、片道四時間はやっぱり長い。

 家を出てきたときは真っ暗だったのが、途中で朝焼けが東を染め、それを青い空が上書きしてくる。

 運転免許センターに到着したときには、すっかりと青空になっていた。

 時計の針は午前八時を指している。


 さあ、手続きを始めるとしよう。

 住民票や写真、印紙代もきっちり調べ、準備万端。

 念のため千里には多めに入れた財布を渡しておく。


「それじゃあ、並んでくるね」

「おう、行って来い」

 

 受付後は学科試験待ち。

 三十分の試験なのに、受験までに一時間以上待つことになる。

「俺はちょっと出かけてくるから、学科を頑張ってこいよ」

「うん!」

 元気な千里の返事に満足しながら、俺は一度運転免許センターを後にした。

 

 千里の学科試験中に俺は最寄りの信金に出かけ、アリスたちから預かった給料を、俺の口座へ入金しておく。

 できればアリス達の口座開設もしたかったが、本人確認が厄介なのでこれは信金さんの日にまとめて行うことにした。

 次に「働く人のお店」に出向き、事前にネットで取り寄せてもらっておいたものを受け取り、車に積んでおく。

 

 運転免許センターに戻ると、千里は上機嫌で待ち合わせに指定したベンチに腰かけていた。

 どうやら学科試験は完璧だった様子だ。

 それでは二人して発表を待つとしよう。

 

 十一時前に学科の合格発表が公開された。

 当然千里は合格し、これで第一関門は突破できた。

 その後は適性検査と技能試験の申し込みを済ませてしまう。

 そこでちょうどお昼どきとなる。


「千里、お昼は何を食べたい?」

「ボクばかり外食じゃ、みんなに申し訳ないからさ、ゲンボクちゃんが決めてよ」

 お前もいい子だなあ。

 それでは場内食堂のカレーか何かで簡単に済ませるとしよう。


 ところが簡単に済ませるはずのカレーに千里は異様な喰いつきを見せた。

「ゲンボクちゃん、もうボク、カレーから離れられないかも!」

 そういや小町が村役場でカレーをこしらえたときには、千里はまだいなかったんだよな。

「そうだ千里、今日はカレーの材料を買って帰ろう」

「いいのゲンボクちゃん!」

「おう、小町に旨いカレーをこしらえてもらおう」

 だから頑張れよ!

 その笑顔のままで張り切って行って来い!

 

 千里の実技試験中、俺の頭から離れないのは残してきた三人のこと。

 こうやって少しでも離れてみると、色々なことが心配になってくる。

 電話を入れてみるか。

 いや、今回はいい機会だ。

 今日は三人に役場の一日を最後まで任せてみよう。

 

 そうこうしているうちに実技は千里の番となる。

 窓から眺めていても、明らかに他の受験者達と習熟練度の違いがわかる。


「ただいまー! 技能試験も合格だって」

「教官も驚いていただろ」

「家で乗り回していたのかって疑われちゃったよ!」

 あれだけ習熟していればそう言われるのも仕方がないだろう。


 さて、千里が最後の手続きに言っている間に、彼女がこしらえたあれを車に貼っておくとしよう。

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