表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/71

おもちゃ対決

 村役場のパソコンが足りない。


 これまでは俺一人だけの使用だったので、インターネットに接続したパソコンは目の前のノートパソコンで十分だった。

 他には住基ネットに接続しているデスクトップが一台と、給与計算や小口現金管理などの定型業務を行うデスクトップが一台。


 まさか住基ネットのパソコンをインターネットで使いまわすわけにはいかないし、もう一台は個人情報を扱うのでセキュリティ保持のためスタンドアロンにしてある。


「ゲンボクちゃんは指示だけ下されば、私がやりますわ」

 そうだなあ、この作業はアリスに任せておくか。

 それじゃあアリスのメールアドレスも取得しておくとしよう。

 

 ネットに接続するパソコンの主な用途は、「信金さん」他の外部業者とのメールが主になっている。

 村の威信をかけてセキュリティはガチガチにしてあるので、万一アリスが十八禁を検索しようとしてもブロックされるようにはなっている。

 って、アリスがそんなもん検索するわけないか。

 それでは俺は給与計算を終わらせるとしよう。

 

 計算しなければならないのは、「村長の給与」「議員三人の議員報酬」「俺の給与」。

 それに加え今月からは「アリスたちの給与」も計算しなければならない。

 特に今回は俺の昇給に加え、アリス、小町、エミリア、千里の支給があるから、念のために給与一覧をプリントアウトして、村長と議員三人の確認印をとってから給与台帳に閉じておく。

 次に給与明細の袋とじ印刷を行う。

 最後は現金を用意。

 通常は信金さんに作った給与口座への振り込みなのだが、アリスたちは給与口座ができるまでは現金での支給となる。

 ちなみに現金は村長室の大金庫にたんまりと眠っている。

 

 村長室で俺はそれぞれの給与金額を数え、袋とじ印刷した給与明細とともに現金用の給料袋に入れていく。

 ちなみに四人は採用日こそずれているが、同月での採用には変わりがない。

 この村の給与規定は「完全月給制」なので、入職日からの日割り計算はしない。

 すなわち満額が四人に支給されるのだ。


 ちなみに「入職」とは市町村に就職するときの用語だ。

 民間でいうところの「入社」にあたる。

 なお、国や都道府県の場合は「入庁」というそうだ。

 

 小町がこしらえる惣菜の香りが漂ってきたところで、給料袋を一度金庫に入れておく。

 さて、今日の総菜を確認しに行くとしよう。

 

 村長室から出ると、受付に座っているアリスの前に何やら人影が見える。

 目の前の男性に対してアリスは何か困惑した様子だ。

 そうだった、まだアリスには説明していなかった。


「あ、ゲンボクさん。しばらく来ない間に、ずいぶん賑やかになりましたね!」

 愛想のいい兄さんが、少し緊張した面持ちで俺に笑いかけてくる。

「おう、兄さんもいつも元気だな」

「いえいえ、それではいつものように郵便のお届けです。回収はありませんよね」

「今日は何も預かっていないよ」

 

 そう、この兄さんは隣町の郵便局員さん。

 隣町と言っても百キロ以上離れているのだが。

 この村へ律儀に配達に来るのは、猫のマークの宅配業者と郵便局だけ。

 猫の方はたまに俺がネット通販の「密林」を利用すると配達に来る。

 しかし来るたびにやれ営業所の採算が云々とか、要員が云々とかを俺に愚痴を言っていくので、正直俺は好きではない。

 文句は俺じゃなくて密林や密林と契約した会社に言えよなと思う。


 一方の郵便局員さんはいつもニコニコと大したもんだ。

 さすがは「ユニバーサルサービス」を標榜しているだけはある。

 この「コスト意識のなさ」は、田舎にとってはとてもありがたいものである。

 すげえぜ日本。


 ただし、さすがに村内を個別に配達に回ると郵便局員さんが残業になってしまうため、郵便はまとめて村役場で預かり、俺が配達を代行することになっている。

 一方、郵便を出したいときには、まず村人が村役場の受付にに郵便物を持ってくる。

 そしたら村役場から郵便局に集荷依頼のメールを打つ。

 すると翌日には郵便物を局員の兄さんが回収に来る仕組みなんだ。

 だからこの村では「速達」は余り意味がない。

 

「ん、どうした兄さん」

 何だい、内緒話かい?

「ねえ、ゲンボクさん、あちらの美しい女性と、販売所に座っている可愛い女の子はどちらさんで?」

 そりゃあ興味がわくよな。

「ああ、あの二人は俺の遠縁だ」

 名前も知りたそうだな。

「受付がアリス、販売所は小町だ。ちなみに元ダム事務所に行くと、セクシー美女とボーイッシュ娘も拝めるぞ」

「なんでまた急に?」

「いろいろとあってな。とりあえず兄さんも小町のところでアイスを買っていけ」

 

 小町の前でいそいそと財布を取り出し、百円玉を用意した郵便局員さん。

 普段は爺さんたちの購入履歴を帳簿をつけるだけなので、代金を受け取るという初めての行為に、小町もちょっと興奮気味だ。


「これ、おまけにあげるの」

 小町は郵便局員さんが選んだアイスとチョコレートの他に、バルセロナ生まれの棒付きキャンディーを一本手渡した。

「よかったな兄さん、帰りの車の中でしゃぶり倒せよ」

 からかったつもりだったのだが、兄さんには俺の声は聞こえなくなっているらしい。

「また来ますね」

 のぼせ上がった兄さんはオレに挨拶するのを忘れ、小町とアリスにぺこりと頭を下げると、恥ずかしそうに出て行ってしまった。

 それを笑顔で見送る二人。

 ちょっとだけ嫉妬心が沸いてしまった。

 

 それでは紛らわしついでに郵便配達にでも行ってくるか。

 

 配達の帰りに引っ越し先に寄ってみると、すでにエミリアと千里は外壁の洗浄を終了し、壁紙貼りに着手している。

 へえ、上手いもんだなあ。

 このペースならば、明日には仕上がるかもしれない。

 しかし二人ともセクシーだなあ。

 二人からは働く女性の輝きってのを感じるね。

 ところで路上駐車して車中で鼻の下を伸ばしている兄さん。

 さっさと郵便局に帰らないと定時までに戻れないぞ。

 

 ということで今日も一日が無事終了した。

 五人で帰宅する道も、日に日にオレンジ色が濃くなってゆく。

 まもなく信金さんの日だし、明日から忙しくなりそうだな。

 

 ところで、千里が大きな段ボールを一つ抱えている。

「千里、なんだいそれは?」

「事務所を片付けていたら、奥から出てきたんだ」

 家でそれを開けてみると、中から出てきたのは、いくつかの古いゲームの類。

 これに食いついたのは小町と千里。

 一方のアリスとエミリアはどうでもいいらしく、まったく興味を示さない。

 それじゃあ、小町が夕食の支度をしている間に、千里と二人でゲームを整理してみるとしよう。

 

 さて、夕食も入浴も済ませ、就寝までそれぞれの自由時間を迎えたところで、小町と千里が真剣なまなざしで二人の間に置かれたものを見つめている。


「こうなの!」

 しーん。


「こうだ!」

 びょーん。


 千里がおもちゃの剣を刺したところで、樽に入った中央のおっさんが飛び出してきた。


「もう一回だよ小町!」

「かかって来なさいなの!」

 どうやら黒ひげのおっさんが小町と千里のツボにはまったらしい。


 ん?

 

「あ」

「どう、エミリア」

「たまんない、たまんないよ」

「うふふ、それじゃあこっちにもしてあげるわ」

「ああ、いいわ、いいわあ! アリスッ」

「なんでお前ら、二人で悶えてんだ?」


 するとアリスが、さも良いことをしている風情で自慢げにある道具を俺に見せつけた。

「エミリアが新居の掃除を頑張ってくださいましたから、お礼に先日買っていただいた電動マッサージ器で、ちょっと肩もみを」

 隣ではすっかり脱力したエミリアが目をとろんとさせている。

「ゲンボクちゃんのには敵わないけれど、これも気持ちいいねえ。はまっちゃいそうだよ」

 気持ちがいいのはわかったが、もう少し静かにやってくれないかなあ。

 

「あっふんだよ!」

「うっふんなの!」

 びょーん。


「ほら、子供達が真似を始めちゃったしさ」

 なんだよ二人とも、その悪そうな表情は。

 何かいたずらを思いついたような顔は。


「子供がゲームに夢中のうちに」

「オトナの時間ってやつだよね」

 え、もしかして二人がかりですか?


「静かにしておりませんと二人に気づかれてしまいますよ」

「あたしもあんなふうにじっくりと刺してもらいたいねえ」

 こうして俺はアリスとエミリアの二人によって、物音をたてないまま寝室に拉致されたのである。

 

 静かに、静かに。

 

 そしてこの日、俺は初めて夜の部で敗北を喫することになる。

 海賊の姿をしたおっさんの人形に。

 結局小町と千里は、居間で仲良く寝落ちするまで、剣を刺し続けていたのだ。

 俺の所に来ないまま。

 

 まあいい明日も頑張ろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ