小町セレクト
途中での追突事故騒動もあり、結局村に到着したのは夕暮れ時となってしまった。
カーペットや壁紙などの引っ越し先で使用する荷物は千里の本体に積んだままにしておき、千里の分身に積んである荷物だけを降ろしてしまう。
その後小町が夕食の支度にとりかかった。
小町は既に下ごしらえを済ませていたらしく、すぐによい香りが漂ってきた。
その香りにつられるように千里はキッチンに引き寄せられていく。
どうやらそのまま夕食の手伝いを始めるようだ。
小町と千里が夕食の支度をしている間、エミリアは本屋で見つけてきた外壁クリーニングの専門書を寝室で熱心に読みふけっている。
なので今現在ちゃぶ台を囲んでいるのは俺とアリスだけ。
それじゃあビールでも飲もうか、アリス。
すると心得たとばかりにアリスは冷蔵庫からビール、食器棚からグラスを二つ取り出してきた。
メンバー的にはエミリアも仲間に入りそうなところだが、あいつは昼間にたっぷり飲んだから無しにしておこう。
読書に集中しているのを邪魔しても悪いしな。
三十分だけ二人だけの飲み会だ。
その後は小町の料理を主に千里が大絶賛する中でいただき、順番に風呂を済ませて就寝となる。
これで土日の休日は無事終了。
全員に一回ずつ胞子エネルギーを充填したのはいうまでもないけれど。
翌日は全員そろって役場に出勤となる。
受付にはアリス。
その隣には販売所の小町。
エミリアと千里は村資産の保守という名目で、引っ越し先の掃除やら細かい修理やらに出かけた。
俺はこれから自分自身を対象にした稟議を決裁しに行くことにしよう
いつものように三人の村議会議員の爺さんのところに行く前に、今日は先に村長のところに行く。
というのは、今日の稟議は村長が起案者だから。
「ここにハンコでいいんだね」
「おう」
するとハンコを押しながら村長婆さんがこんなことを言ってくれた。
「そういえば、お前の遠縁の娘たちが、村人たちに良くしてくれていると報告があったよ。どうせ村の財政は余剰金であふれかえっているんだ。お前らで村をよくするために派手に使いな」
そういってくれるか村長、でもな。
「俺は面倒くさいんだ」
「いつまでそう言っていられるかの」
笑っている村長から「村営住宅貸与稟議」にもハンコを押してもらい、俺は議員さん宅に向かった。
村議会議員の爺さんたちもそれぞれがご機嫌だった。
まずは一人目の、妻に先立たれた爺さん。
「またアリスちゃんに御用聞きに来てもらいたいのう」
「そんなに会いたきゃ、村役場の受付に座っているぜ」
「マジかい。ならば農作業の合間にでも様子を見に行くとするかの」
次は二人目の、つれあいの婆さんと仲睦まじい爺さん。
「小町ちゃんはいい子じゃのう、こないだの御用聞きの時に、わしと婆さんにお土産をくれたぞ」
すると婆さんも出てきて一緒にうなずいている。
そういや小町はチョコレートを配っていたな。
「小町ちゃんに次もお願いしたいのう」
「小町なら村役場で村営販売所を開いているけれどな」
「マジかい。でも現金を持っておらんからのう」
「大丈夫だ爺さん婆さん、村役場に預託してある小口現金で支払い可能だ」
「それなら罠の様子を見まわった後にでも行ってみるか、婆さんや」
最後は一人身だが、近所づきあいがマメな爺さん。
「隣の婆さんがほめておったぞ。ゲンボクの身内に助けてもらったとな」
ああ、焦がしたお釜のことか。
「で、アリスちゃんとは違ったタイプのセクシー美女らしいではないか」
老いてなお、お盛んだなこの爺さんは。
「エミリアなら千里と一緒に元ダム事務所の清掃をしているぜ」
「千里ちゃんという娘もおるのか。ならば巡回の途中にでも寄ってみるとするか」
ということで、晴れて俺の課長昇進と、引っ越しの稟議が決裁された。
それでは事務所に戻るとしよう。
事務所に戻ると、なぜかアリスが販売所に座り、カラフルなマジックで何やら書いている。
小町は給湯室のコンロでお惣菜の料理中。
「何やってんだ、アリス?」
「ポップを描いているのですわ」
「ポップ?」
「ええ、小町がお惣菜の他に、袋売りのお菓子や箱売りのアイスをばら売りするって言っているのです」
いつの間にか村役場所有の冷凍冷蔵庫が販売所の横に移動されている。
ああ、そういうことか。
冷蔵庫には、袋から出された個包装のお菓子が籠にいれられている。
それは勝つのかカットされるのかよくわからん、縁起がいいのか悪いのか日本人には理解不能なウエハース菓子や、有名体操選手が大好物なチョコレートや、派手な色をした棒付きキャンデーとか。
冷凍庫には箱から出した小さな棒付きアイスやアイスもなか、エミリアが苦戦したあずきアイスキャンデーなどが入っている。
どれも単価は二十円から四十円くらいかな。
「これを『小町セレクト』として、五十円で販売するのですよ」
そうしているうちに、アリスの描いたポップが冷凍冷蔵庫のドアにちりばめられるように貼られていく。
吹き出し型に切り抜かれた厚紙に可愛くお品書きが描かれている。
へえ、悪くないな。
これは販売所専用の冷凍冷蔵庫を置いてもいいくらいだ。
爺さん婆さんも、そんなにたくさん食べるわけじゃないし、販売する商品のサイズはこんなもんでいいのだろう。
「できたの」
小町がこしらえていたのは、爺さんたちからもらったキノコと、昨日買ってきた貝の小柱を炒めたもの。
これは旨そうだ。
「これはお玉一杯で百円なの」
香ばしい香りに釣られた爺さんたちの列が見えるようだぜ。
案の定、アリスや小町の様子を見に来た爺さんや婆さん達が、小町セレクトに群がっていく。
「ああ、アイスなんて久しぶりだねえ」
「これくらいならわしらでも食べきりできるの」
「この炒め物は何だい?」
「ほう、貝柱かあ。しばらく口にしておらんな。なんじゃ、容器は持参か。それじゃあ取ってくるとするか」
お菓子もアイスも惣菜もそれぞれが大好評。
この勢いだとすぐに品切れになるかな?
「大丈夫なの。家の冷凍庫一杯にチョコレートもアイスもストックしてあるの」
さすがだ小町。
もしかしたらお前が一番しっかりしているのかもしれんな。
それでは役場はアリスと小町に任せるとして、エミリアと千里の様子でも見て来るとしよう。
すごいなこいつら!
さすがに元ダム事務所の光景には俺も驚いた。
なんと二人は二十畳の畳をすべて引っぺがして外に出し、陰干しをしている。
さらに二人とも役場備品の脚立にまたがり、天井部分からものすごい勢いで高圧洗浄機を駆使し、清掃を行っているんだ。
「千里、次はこっちだよ」
「わかった、エミリア」
チームワークもばっちり。
こりゃ予想以上に早く掃除が終わるかもしれないな。
こうして今日も一日無事終了した。
今日の夕食は貝柱を使った小町お手製の天ぷらでした。




