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遠足前夜

 小町が煮込んでいる野菜の甘い香りに釣られ、爺さん達が受付にやってくる。

 そこで今日は「販売所メニュー無料お試し期間」と称して、爺さんたちに野菜の煮物を無料で配ることにした。


 小町が野菜を煮、エミリアがそれをうわさを聞き付けた爺さん婆さんや老夫妻たちにも配っている間、俺とアリスは伝票の集計作業を順調に進めていた。


 意外なことにアリスは普通にパソコンを操作できる。

 各種アプリケーションも全く問題なく使いこなせるようだ。

 ちなみに小町はパソコンをレシピ検索の道具だと思っているし、エミリアはホームセンターのサイトを見つめながらうっとりするだけで使い物にならなかった。

 

「ゲンボクちゃん、集めた伝票から『商品別明細』が出来上がりましたよ」

「ご苦労アリス」


 商品別明細とは、注文を全数集計し、商品別に個数を集計したデータのこと。

 物流業では「トータルピッキングリスト」とも呼ばれる。

 こうして事前に商品別個数を集計しておけば、ショッピングモールでの買い物は大幅に効率化される。

 あとは村役場に戻ってから、伝票ごとに再度仕訳を行えばいいのだ。


 商品別明細を眺めてみると、まずはいつものようにこの辺では取れない野菜と新鮮な魚介類が多い。

 配送の日の夕食を「お刺身の日」と決めて楽しんでいる老夫妻もいるくらいだ。


 次に多いのはおやつ関連。

 実はこれがクセもので、伝票には「せんべい」とか「チョコレート」としか書いていないのだが、実はそれぞれこだわりがあるんだ。

 これを間違えると、訪問の度にねちねちと言われることになるので、最大の注意を払わねばならない。


 それから爺さんたちの酒。

 これも妙なこだわりというか、多分爺さん同士で飲み比べているうちに意地になっているのかもしれないが、特に銘柄にこだわる。

 所詮田舎のショッピングモールに置かれている酒なので、大した差はないのだろうけれど。

 ただし一部の爺さんは「常に新商品」というのにこだわっていたりするのだが。

 なのでおやつ関連と酒は商品別明細にさらに加筆修正していく。


「それじゃアリス、それぞれが好む銘柄を追記していくから、それを入力してくれ」

「わかりましたゲンボクちゃん」

 これもアリスのお陰で、一人でやっていたころよりも作業がはかどる。

 うん、いい感じだ。


 後は日用品や切らした常備薬など。

 この辺は数も少ないし大したことはない。

 味噌や醤油がほとんどないのも、近所の調味料貸し借り文化が生きているからだろう。

 で、最後はこれかな。


「戸別明細 小町にお菓子」と「戸別明細 アリスに衣装」


「すげえなお前ら、合算で小町はお菓子一万円分、アリスに至っては衣装五万円分だよ!」

「あたしのはないのかい?」

 エミリアは今日デビューだから、さすがに彼女ご指名の分はない。

「明日はエミリアの普段着と街着も買い込むから、それで爺さんや婆さんを悩殺してやれ」


「お菓子一万円はすごい。うれしいの」

 小町はほんとにうれしそう。

 お前はお菓子が似合いそうだもんな。

「そしたら小町にお菓子を奢ってくれた爺さん婆さんたちに、明日以降改めてお礼に行くといいぞ」

 

「衣装五万円って」

 ああ、こっちの方は厄介だなアリス。

 これ、爺さんの出資毎しゅっしごとにどの衣装を買ったとか始めちゃうと、爺さん同士の新たな火種になるからな。

「ここは総額五万円で一式そろえて、それを身に着けた写真で、爺さんたちに報告することにしよう」

「ゲンボクちゃんは賢いですね」

 ほめてくれるかアリスよ。

 

 そんなこんなでそろそろ閉庁時間となる。

 爺さんたちも来なくなったし、戸締りをするとしよう。

「ゲンボクちゃん、お野菜の煮込みはエミリアが全部配ってくれたの」

「皆さん喜んで持って帰ったよ。小町はすごいな」

 へえ、小町とエミリアのコンビもなかなかのもんだな。

 でも、全部配ってしまったのか。


「それじゃあ夕食はどうすんだ?」

「下ごしらえは済ませてある」

 さすがだ小町。

 アリスもぬかりなく商品明細をプリントアウトしてくれている。

 それじゃあ家に帰るとしよう。

 

 今日は四人で歩くアスファルトの帰り道。

 昨日より今日の方がはっきりと「陽が短くなった」と感じる季節。

「ゲンボクちゃん」

 ふいに俺の左手を握るアリス。

「じゃあ、あたしはこっち」

 対抗するように俺の右手を握るエミリア。

 続けて背中でシャツを引っ張るもう一人のためにいったんしゃがんでやる。

「背中から落ちないように、しっかり掴まっていろよ小町」 

 

 ついこないだまでは考えもしなかった帰り道。

 ああ、幸せだ。


 帰宅したら順番にお風呂。

 まずは俺、次にご飯を炊飯器にセットした小町。

 続けてアリス。

 最後は残り湯を洗濯に使うからという本人の希望でエミリア。 


「うーん、みんなで一緒に入れる大きい風呂が欲しいなあ」

 という俺の呟きに、アリスが目を光らせたことには気づかないふりをしておこう。

 

 夕食は俺が先日の買い物の際に買い込んでおいた白身魚の西京漬け。

 小町はこれを焦がさずに、丁寧にふっくらと焼いてくれた。

 ああ、美味いなあ。

 アリスは余りの美味しさに半泣きになりながら焼き魚とご飯と交互に可愛らしく口に運んでいるし、エミリアもご飯とのペース配分に悩んでいるようだ。

「ゲンボクちゃん、美味しい?」

「ああ、美味しいよ小町」

 お前の料理は最高だ。

 

 こうして夕食も終了。

 洗い物を終えた小町と、洗濯物を干し終えたエミリアもちゃぶ台に戻ってきている。

 ちなみにこの間、アリスは何もしていない。

 さすがだお姉さま。


 よし、全員そろったな。

「それでは明日の予定を発表します。皆さんよろしいですか?」

「はい」

「小町も大丈夫」

「かかっておいで」 

 いい返事ですね。

 

「田舎のショッピングモールは十時にオープンです。なので俺たちは十時までに到着したいと思います。ここで問題です、アリスさん、それならば家は何時に出ればよろしいでしょうか?」

「遅くとも七時です」

 はいよくできました。

「なので、朝食も含めて、皆さん七時には出発できるようにしてくださいね」

 三人は可愛く頷いている。

 

 「それでは、十七時に各戸に配達を完了させるためには、遅くとも十五時には役場に到着しなければなりません。ここで問題です小町ちゃん、それでは俺たちは遅くとも何時にショッピングモールを出なければなりませんか?」

「なるべく早く」

 そんないいかげんな時間感覚で、よくもまあ、あのような美味しい西京焼きを仕上げるなあ。

「違います、答えは十二時です」

 あ、聞いてねえな小町は。


「それではエミリアさん、俺たちはショッピングモールに何時間いることができますか?」

「二時間だな」

「はい正解です」

 この問題はお姉さんには簡単すぎました。


「普段の俺は三十分で買い物を済ませます。それにせっかくだからショッピングモールで昼食を食べたいと思います、これも三十分かな。それでは次の問題です。アリスが専門店で素敵な衣装を選ぶのと、小町がお菓子売り場でどれを買おうか悩むのと、エミリアが普段着をまとめ買いする時間はどれくらいありますか?」

「一時間!」 

 はい、三人ともよくできました。

 

 この茶番は三人に買い物の目的を、改めて知らしめるためのもの。

 ほら、三人ともワクワクしだしちゃった。

 これで今晩は三人とも遠足の前の日状態でこいつらは眠れないだろうから。

 明日の行きは車の中でおとなしく眠っていてもらおう。


 という茶番を思い描いた俺がバカでした。

 部屋には四セットの布団が敷かれている。

 真ん中に俺、右にアリス、左にエミリア、頭に小町。

 

 まずは右から。

「ねえ、ゲンボクちゃん、明日の衣装は秋物を選ぶべきよね、それとも冬物かしら」

「知らねえよアリス、早く寝ろ」


 次は頭上から。

「あのね、ゲンボクちゃん、チョコレートはきのことたけのこ、どっちが好き? もしかしたら切り株派?」

「何で就寝中にそんな危ない議論を始めなきゃならんのだ小町、早く寝ろ」


 次は左。

「なあ、ゲンボクちゃん、お前は黒の下着と白の下着、どっちに萌える派だ? まさかベージュではないよな」

「お姉さんにベージュは十分ありだろって、眠れなくなるからやめてよエミリア、早く寝ろ」

 

「ねえ」

「あのね」

「なあ」

 

 あーもう! 畜生こいつら絶対にわざとやってんな!

 眠れないのに俺を巻き込んでるな!

 わかったよ!

 胞子力エネルギーをそれぞれに充填しますよ。


 まずは右から。

「嬉しいわゲンボクちゃん」


 続けて左側

「もっと乱暴にしてくれても」


 最後に頭上のちんまいの。

「いただきますなの」

 

 三人を寝かしつけるまでに、時計の針は十二時を回りましたよ、はい。

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