お駄賃
さて、俺一人で回ってもせいぜい午前中で済む御用聞きだけど、ここで得られるであろう「ご褒美」を最大限利用しない手はない。
よし、こうするとしよう。
「アリス、小町、ちょっとこっちに来い」
「はい」
「ご用なの?」
「お前ら、それぞれ御用聞きに行って来い」
二人には、アリスと小町それぞれがどのお宅を回ってくるのか、地図にそれぞれの印をつけてやる。
「これで二人とも行けるな? それから爺さん婆さんからの申し出があったら、断らずにありがたく受けるんだぞ」
「小町、頑張るの」
おお、小町はやる気満々だ。
しかし一方のアリスの表情は優れない。
「その間ゲンボクちゃんはどこかに行かれてしまうのですか?」
こいつはこの間もこんなことを言っていたよな。
「今日はエミリアの採用稟議を決済したら、俺はエミリアと二人で残りのお宅を回るだけだよ」
するとアリスは安心したかのように笑顔に戻った。
「それでは私も御用聞きに参りますね!」
おう、行ってこい。
「それじゃエミリアは俺と一緒に稟議決裁に回るぞ」
「わかったよゲンボクちゃん」
役場の受付に、いつもの通り「外出中」の表示を出して、それぞれが手分けをして出かけて行く。
村長も議員のじいさんたちもエミリアの採用に文句を言うはずもなく、稟議は今日も無事決済された。
今日から晴れてエミリアも村役場の事務員だ。
それでは俺達もエミリアの挨拶をかねて、残りのお宅へ御用聞きに回るとしよう。
「おやゲンボクさん、今日はきれいな女性をお連れでないかい」
「おう、こいつの名前はエミリア、役場の新職員だ。よろしくな婆さん」
エミリアは俺の紹介に合わせ、笑顔で婆さん達に挨拶を振りまいている。
「それじゃこれ、いつもの伝票だよ」
「おう、確かに預かったぜ」
こうしていくつかの家を回ったところで、ある婆さんが庭先で難儀していたんだ。
よくよく見ると、半泣きになってお釜をこすっている。
「どうしたんだい婆さん」
「飯を炊いてる途中で居眠りをしてしまってな、焦がしてしまったんじゃ。ババアの力では焦げが取れなくて難儀しておるのじゃよ」
そりゃ大変だな。
ん、エミリアどうした?
何だそのやる気満々の表情は。
「お婆さん、ちょっと私にやらせてみてくれるかい? その間に御用聞きの伝票を用意してくれればいいからさ」
「いいのかい?」
「任せておくれよ」
エミリアの手には既に胞子力エネルギーあふれる亀の子たわしが握られている。
洗浄作業は婆さんが一旦引っ込んで伝票を持ってきたときには終わっていた。
お釜は焦げ一つ残すことなくぴかぴかになっている。
「おお、見事なもんじゃ、もしかしたらお嬢さんはプロかの?」
婆さんは大喜びだ。
エミリアもまんざらでもない表情をしている。
あ、いいこと思いついた。
「なあ婆さん、役場が有料で『清掃サービス』を始めたら利用するかい?」
「この村は年寄りばかりじゃからのう、あれば利用させてもらうぞ」
おお、新規業務開拓の芽が出てきたぜ。
「わかった、また今度相談に乗ってくれ。それじゃエミリア、役場に帰ろうか」
ぴかぴかのお釜を抱えた婆さんに見送られながら、俺達二人は残りの伝票回収を済ませ、村役場へと戻った。
エミリアと二人で回収した伝票を整理しながら待つこと数十分。
アリスと小町は結構時間がかかっているようだ。
時間がかかっている理由に期待をしてしまうが。
お、まずは小町のご帰還だな。
予想通り野菜を色々と持たせられているな、足取りがふらついているぜ。
「ほら、お疲れさん」
小町が抱えていた野菜を受け取りながらねぎらってやる。
「ゲンボクちゃん、伝票を集めてきたの。でね」
どれどれ。
「ここなの」
「はいはい」
期待通り。
その伝票には「小町ちゃんにお菓子を千円分」と追記されていたんだ。
他の伝票にも小町宛の差し入れが、もれなく書いてある。
「ただいま戻りました。あの、ゲンボクちゃん、これなのですけど」
「はいよ、それじゃ伝票を見せてみな」
その伝票には「アリスちゃんに素敵な服を一万円分」と記載されている。
はい、これも期待通り。
いや、金額的には期待以上だな。
実は小町には老夫婦、アリスには爺さん一人暮らしの家を回らせたんだ。
で、俺とエミリアは婆さん一人暮らしの家を担当。
これまでも婆さんは俺のために菓子やらビールやらを書いてくれたことがあったから、きっと小町とアリスにも老夫婦や爺さんたちが書いてくれると踏んだのだよ。
計画は大成功。
「このような記載もあるのですけれど」
「どれどれ」
なになに、「アリスちゃんに可愛い下着を一万円分」だと?
ちょっと熊爺のところに行ってくる。
さて、熊爺に「下着」を「衣類」と訂正させたし、昼食の弁当を食べたら早速集計してみよう。
「午後はもらったお野菜を煮てもいい?」
「もちろんだ」
楽しみにしているからな。




