テキサスコンビ・てきさすpart2(お笑い芸人)
今回は80年代の漫才コンビです。
このコンビもういません。
もともと漫才ブームの前後に出てきたコンビでマジック漫才と守護霊漫才という特殊なものを演じていました。80年代の終わりごろ、コンビの柱だったボケ役の三田みつおが、お亡くなりになってしまって(涙)
グループとしてはマイナーチェンジを繰り返していたのですが、パッとしないまま終わってしまいました。
この人たちは、意欲盛んでいろんなオーディション番組に出ていました。『お笑いスター誕生』『ザ・テレビ演芸』『NHK漫才コンクール』(後に演芸コンクールにチェンジ)です。テレビ演芸では横山やすし師匠にずいぶん気に入られていました。当時は、やすし師匠に気に入られるとダメだなんて言われていた節がありますが、のちに大木こだまひびきが大成したのを見ると、つくづく運のなさが悔やまれます。
三田みつおさんは心臓弁膜症を患っていて、それまでもネタにして臨死体験漫才とかをしていたと思います。たぶん丹波哲郎の霊界関係書籍が元ネタだったと思われます。
ファッションも独特でしたね。三田みつおが中国の人民服で、弟の三田まさおが、GSみたいなファッションだったと記憶しています。
そして、特筆したいのが、演じ手が少ないマジック漫才をしていたこと。漫画家の高信太郎に言わせれば、「新宿末広亭でさんざん見てきたネタ」らしいのですが、それでも新鮮で面白かった。風船を割ってカードを出す。カンボジアマジック。頭にナイフを刺す。ビール瓶を割る。おかしな催眠術。目隠しして書いた数字を当てる。ハイライトはどれや。などの演目を面白おかしく演じていました。
漂泊旦那の漂流世界というサイトには、彼らのネタが紹介されています。書いたのもほとんど私です(三甲みつお名義で記載)。
おそらく、このコンビにここまで入れ込んだのは、アスペルガーの拘りみたいなものもあったと思います。今ではその芸を見ることは叶いませんが、もう一度見てみたいコンビではあります。なおネタの一部を中村ゆうじとチャーリーカンパニーが継承しているとウィキには書かれていました。
(2023年2月23日Wikipediaに漫才コンクール出場と心霊漫才の事項を投稿=カラガフス名義)