表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話

「泣いてるのかい」

 戻ってきた太陽の神が、優しく妹の肩に手をおいた。

「いいえ。少し胸がすかすかするだけ」

 女神はちょっぴり力を入れてまばたきした。星屑の残像が、目の内側でにじんで丸くぼやけて見える。

「ついておいで、今ぼくの”しるし”の力を見せてやる」

 太陽の神は妹の手をとり、ぐいと地球に近づいた。見える見える、ゆっくり回る陸地をのぞくと、灰色の街の人間たち。分厚い外套を着て、手袋やマフラーをした者もいる。

「いいかい、やけどしないよう気をつけるんだよ。そら」

 彼は体にぐっと力を込め、かっかと照りつけた。


『あ、なんだか外が暖かいな』

 喫茶店から出てきた一人の若者が、巻いていた襟巻きを外した。

『ママ、おひさまがこんにちはしてるよ。ぽかぽかだねぇ』

『本当ねぇ。じゃあ、今は上着はいらないね。ママが持っててあげる』

 こちらは公園の親子連れ。二人ともダウンジャケットを脱いで、珍しい暖かな冬の日を楽しんでいる。

 街頭の大型テレビでは、お天気お姉さんが少し上がった気温のことを笑顔で話していた。

 そう、太陽はこんな風に地を暖め、旅人に上着を脱がせるよう仕向けたのだった。

「ねぇ、妹。ぼくはこんな風に皆が住みやすい場所を作れる。空気を暖めてくつろがせる。

 それだけじゃない、真っ暗闇だった世界を照らすよう任されたのがぼくらだ」

 太陽の神は、女神の腕に抱えられた満月さまを見た。丁寧に磨かれたおかげで、クリームでも塗ったように仕上がっている。

 彼が満月さまにそっと手をかざすと、橙じみた「しるし」が手のひらからふわふわと放たれ、吸い込まれる。丸いお月さまはいっそう明るさに磨きがかかった。

「その満月さまをごらん。ぼくらがいなきゃ人間も動物も、暗い道しか歩けない」

「えぇ、そうかもしれないけど」

「まぁ落ち着きなよ、誇りをもってさ。今日の仕事に響くといけない」

 ふたりで神殿へ帰る間も、兄はずっとにこにこしていた。彼に気苦労をかけたことが余計つらく思えるくらいに。

 自室のバルコニーで、女神はぽんと満月さまを放り投げた。

(誇りって、何なの――お兄さまの”しるし”で得意顔して、世界を照らすのが、私の”しるし”なの?)

 暗い宇宙に浮かぶ満月さまは、お天道さまよりずっと小さく、弱々しかった。


 次の日、月の女神は兄が交代するとすぐに出かけた。遠眼鏡ものぞかなかった。満月さまは台座の上においていった。

 早歩きで宇宙を歩く彼女と、隕石たちが併走する……小さくて、ごつくて、「しるし」なんてほとんど残さない流れ星。

「あなたたちはステキな一生ね。誰の力も借りずに輝き、命がけでお願い事を運ぶのでしょう?」

 女神は知っている、彼ら流れ星は人間に特別喜ばれる星であることを。流星群の日には、興奮して願いをかける彼らの有様が、遠眼鏡にたくさん映る。

 なんと情熱あふれるしっかり者の星ではないか。お月さまとは大違い――自分じゃ何もせず、ふわふわ浮かぶ青白いでくの坊。

 ふわふわ?

 なにやらひざの下あたりに、ふわふわ、まとわりついている。薄青で、やけに長くて……綿菓子っぽい。

「あ、月の女神さま。その、それとってくれますか、お足元の」

 顔を上げると、彼女を呼ぶのは雨の女神。そしてお足元のふわふわは、彼女の大事な”しるし”――雲のもとになる種雲だった。

 月の女神が種雲を抱えて持ってくると、雨の女神は真っ赤な顔で頭を下げる。

「これ全部、今日地球に降らせる雨の分ですの?」

「はい。まだ作りかけですけど、良かったらごらんになりますか」

 彼女がうなずくと、雨の女神は仕事を再開した。


 まず、大きなドーナツ状の入れ物と、回転台、それから青い水盆を見せた。これが雨の女神の仕事道具だ。

 ドーナツを乗っけた台座をぐるぐる回す。勢いがついたところで、水盆から水を一掬い投げ入れる。

「いいぞ。もっと回そう、もっともっと……それだけ綿みたいな柔らかい雲になる」

 雨の女神の細い手が、一心不乱にドーナツの壁に弾みをつける。回転台はいっそう速く回る……次第に雲のもとがまとまってきた。

「さぁ、今日の分、一丁上がりです。お次はこいつを地球に撒きましょう」

 彼女はドーナツを振って種雲を取り出した。触ると細やかな水の粒がまとわりつく。湿らした綿だってこいつほど肌触りはよくなかろう。

 種雲を小さく千切って地球に投げつけると、するりと空気のヴェールに飛び込んだ。これからたっぷり雨を降らすのだ……遠眼鏡をもってきていれば、突然の雨に驚く人々の有様が拝めただろうに。

「あーあ、また『やだなぁ、雨か』とか『出かける予定があったのに』とか言われるんだよ。あんまり雨にならないといいけど」

 雨の女神はやや茶化し気味につぶやいた。

「お月さまはいいなぁ……誰にも文句言われませんし、おまけに愛の告白のネタにしてもらえるんでしょう」

 月の女神はぷっと吹き出した。満月さま(と、その影)がきれいだと言う男は、大概ひざまずいてうっとりした目で、淑女各位の手を握っている。なんだか詩人たちの「しるし」にも似た姿なのだ。

「ええ、まぁ。でも雨の方がステキじゃなくって?」

 雨は、美しいから好き。空気も温度も変わるが、なんといっても音が入る。

 落ちるところで違う音。ぱらぱらっぱらら。どぉーどぉー、ぱしゃんぱしゃん。

 白やくすんだ灰の雲も、空に二つとない”しるし”をつけてくれる。

 いつも本当にかわいらしい”しるし”をおつけになって……そうだわ。


「ねぇ、あなた。よかったら、私にその雲をいくらかくださらない」

 雨の女神の顔にちっちゃな疑問符が浮かぶ。

「いいですよ。でも雲なんて、お月夜にはお邪魔でしょう?」

 あ、あらあら、そうでもないの。ちょっとお手入れをしたいから……適当に言葉を濁した。彼女のクエスチョンマークはすぐ消えた。気にはなったがすぐどうでもよくなったらしい。

 顔が隠れるほどの雲を千切って差し出す。一つ、二つ、たくさん。綿菓子屋が開けそうだ。

「多めにしたけど足りますか――ああ今日のノルマはお気になさらず――また作ります」

「こんなにくださるの? ありがとう。これで私……あら失礼、何でもないのよ」

 この先の計画は内緒だ。月の女神はうふふと笑ってごまかした。

 彼女が行ってしまうと、雨の女神は考えた。お手入れか、仕事熱心なお方だな。自分なんか雨量のムラすら直せてない――特に最近はしょっちゅう夕立を起こしちゃうんだ。

「はぁもう、がんばんなきゃ」

 雨の女神は手に力をこめて、回転台を勢いよく回した。

〈つづく〉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ