マッチ売りの少女はイケメンで暖を取ることにしました。
~冬の童話祭テーマ~
少女は寒空の下、かごいっぱいに入ったマッチを見てため息をついています。
これをすべて売らなければ、家にいる父親に叱られます。
けれど少女はそんなことを嘆いてため息をついているのではありません。
父に叱られるよりももっとひどいことが今日、自分の身に降りかかることを嘆いているのです。
幼い頃に読んだ童話の主人公になっていることに気がついた少女は、かごから取り出したマッチをみつめて、なんとか悲劇を回避する方法を考えます。
「これでどうにかバッドエンド、回避できないかなぁ」
▼
「マッチは……マッチはいりませんかー……!」
寒空の夜、少女はマッチを売っていました。
しかしマッチは売れません。街ゆく人々は足早に通り過ぎてしまいます。
ああ、このままではどうなってしまうの。
不安な気持ちでいっぱいになったそのとき――
突然どこからか光が落ちてきて、少女の身体に入っていきました。
「……う、うう。いったいなんなの。この景色は……!」
▼
――真知理羽子は、目の前に広がる光景にびっくりしました。
ヨーロッパの異国の街並みがふいに現れたのです。
しかもフワフワと雪が降っていて、辺りは真っ白です。
「てか寒いっ。なんなの、凍えて死にそうなんだけど……」
思わず声に出てしまうぐらい、身体は冷え切っていました。
「というか私、背ちっさ! しかもマッチとか持っちゃってるし。はは」
まるで、マッチ売りの少女のようなシチュエーションです。
ひょっとしたら絵本の世界に迷い込んでしまったのかもしれません。
もしもそうなのだとしたら、理羽子には気にかかることがあります。
「でもマッチ売りの少女って、凍えて倒れてしまってそのまま……?」
なんとしてもこの寒さから逃れなければなりません。
どうしたらいいのでしょうか。
理羽子はウンウンと思案しはじめました。
「この寒さどうにかしたいけど。でも持ってるものといえば……マッチくらいだし」
はっとなりました。
どうしてこんなにも簡単なことに気が付かなかったのでしょう。
決まっています。
暗い寒空の下、マッチを持っていて、温かくなるためには……
「これで明かりを灯して、好みのイケメンを探せばいいのね!」
そうです。
とびきりのタイプの人と出会うことを想像しただけで、すでにほっぺが赤く、温かくなっていました。
「ふふふ。身体が暖かくなるとき、それはいつ……?」
そんなもの考えるまでもなかったのです。
「素敵な相手と出会ったときに決まってる……! 今からとっておきの相手を探しに行こう」
◆
「イケメンは……イケメンはいませんかっ?」
一声一声に並々ならぬ感情を込めつつ、理羽子は街を歩いていきました。
マッチの明かりで、理羽子の周りが小さな円形にほんのりと照らされています。
ほどなくして、ひとつの影が近づいてきました。裕福そうな初老の男性です。
「……お嬢ちゃん、おじさんにそのマッチを売ってくれないかい? 買えるだけ買うよ?」
しかし、理羽子の返答は迷いがありませんでした。
「あ、これ売り物じゃないんで。――イケメンを照らすために必要な道具なんです。ごめんなさいね!」
ぺこりと頭をさげると、呆然とする男性を残して、先を急ぐことにしました。
「おじさん、またいつか!!」
「あ、あぁ……」
お金でイケメンは買えません。
だからこそ一本のマッチだって無駄にはできないのです。
また、ひとつの影が近づいてきました。おばさんです。
イケメンに詳しい可能性が高そうです。理羽子はすかさず自分から声をかけることにしました。
「すみません。この辺りで見ませんでしたか? とびきりのイケメンを!」
「……見てないけど。それよりこんな寒い夜にあなたは一人?」
「ええ、今はね! でも数分後にはどうかしらね」
「良かったらウチで暖まっても……」
「あ、大丈夫です。これからイケメンで暖を取る予定なので! ふふふ」
おばさんは唖然としました。
イケメンのない温かさなど、用はありません。
「おばさん、良い夜を!」
「え、えぇ」
ですがこの思いやりは嬉しいので、ぺこりと深く頭をさげて、さらに先を急ぎました。
イケメンは、待ってくれません。一分たりとも無駄にできません。
しばらくして、ひとつの影が近づいてきました。若い男性です。
理羽子はドキドキしながらマッチで照らしました。イケメンでしたが……
「……惜しい!」
「え?」
少しだけ理羽子のイケメン基準と違ったのです。
それは彼女の心を動かす『イケメン』とは異なるのです。好みがあるのです。
いくら見つからないとはいえ、妥協するわけにもいきません。
「でもこのマッチを一本あげる!」
ぐいと押しつけると、若い男性は困りつつも受け取りました。
「お兄さん、お大事に!」
「は、はあ」
理羽子はさらに歩き出しました。
……しかし、それからというもの、あまり人には出会わなくなってしまいました。
ただでさえ出歩く人が少なく、イケメンなどそうそう見つかりません。
身体も、なんだか動かなくなってきました。
頭もぼんやりとしています。
どうも意識が薄らいでいるようです。
やがてぼんやりとした理羽子の前に、ふいに半透明のイケメンが現れました。
「……このイケメンは……幻影?」
イケメンはまるで煙草をくわえるように、マッチ棒をくわえています。
その眼差しはどこか遠くを寂しげに、見ています。
(ああ、どうしてあなたはマッチ棒をくわえているの? こんなの、放っておけない)
理羽子はたまらなくなりました。
しかし、わずかな理性がそれを止めにかかります。
(だめ……これは仮初めのイケメン。手を出したら私は終わり……!)
……意思を強く持ちます。
目を伏せて、泣く泣く強行突破することにしました。
しかしそれからというもの、歩くペースは遅くなってしまいました。
次第に、また頭がぼんやりしてきました。
「……ああ、これも幻影?」
それは理想のシチュエーションでした。
長い足を組んで椅子に座り、フランスパンにかじりつく、野性的なイケメン。
ほら、食えよ。そういって、パン屑を理羽子に投げつけるのです。
「や、やめて、わたしは人よ! 公園の池にいる鯉じゃないんだから……!」
迷いました。今度こそ、仮初めのイケメンを選ぶこともできました。
それでも意思は曲げられません。
理羽子は、本物志向なのです。マーガリンよりバター派なのです。
涙ぐみながら、突き進むことにしました。
しかしそう意地は張っても、冷え切った身体はもう思うように動かなくなってきました。
気持ちも弱くなりつつありました。
「イケメン、いったい私のイケメンはどこに……?」
ふいに何かにつまづいて、転んでしまいました。
地面は冷たくて、凍えそうなほど寒いです。
いくつもマッチ棒がカゴからこぼれて、ほとんどが雪に濡れて使い物にならなくなってしまいました。
◆
「……こんなところで、諦め、られない」
寒さに震える手を、地面につきました。
もしかしたらあの曲がり角の先に、イケメンがいるかもしれない。
きっと、あと少しできっと――
「……ケメンが、」
力を入れて、立ち上がろうとします。
ですが大人の身体ならともかく、少女の身体では、もう持たなかったようです。
瞼は重く、辺りを見ることもできません。耳だけが、雪の降り積もる微かな音を伝えています。
理羽子の心は悲しみでいっぱいになりました。
とうとうホットなイケメンは見つからなかった、と。
……
「――大丈夫かい?」
(……この、声は……ッ!?)
理羽子の研ぎ澄まされた聴覚は、その声を拾いました。
低い声。色気がありながらも若々しさのある男性の声。
理羽子の経験からして、そんな喉仏の持ち主はイケメンである確率が限りなく高いのです。
心臓が高まりつつありました。奥底から力がみなぎってきます。
重たい瞼を開くと、霞んだ視界には、若い男性の顔がぼんやりと。
全精力を眼球に込めて、ぐぐっとピントを合わせました
「あ」
顔を捉えました。申し分のないイケメンです。
心臓の鼓動が、さらに高まります。身体が熱を帯び始めました。
求めたイケメンが現れたのです。
「……ふふ」
「笑って、るのかい?」
いつしか理羽子の吐く息は真っ白になっていました。
なにやら身体が、ジューっと音を立てています。
「な、まさか雪が溶けている……?」
理羽子の身体は、その発熱のあまり蒸気をあげながら雪を溶かしていました。
たちまち辺りに濃厚な白い霧が立ちこめ始めました。
理羽子は倒れていたことがウソであったかのように、すっと立ち上がりました。
そして流れるような動きで一本のマッチ棒に火を灯し、イケメンの顔を上下左右から照らしあげました。堀の深い目鼻立ちが強調されるように、陰影が、現れました。
「なんと」
「きみ頭から湯気が出てるよ!?」
真っ白の霧のなかに灯るたったひとつの小さな火。
二人は向かい合っていました。
ゆらめく火の輝きは、イケメンの顔を照らします。
真知子の顔を、赤く染めています。
「わあ」
まるでこの世界は二人きりのようで。
真っ白な世界のなかに、二人きりで閉じ込められたようでした。
それはとても幻想的で、理羽子がずっと追い求めていた世界でした。
「HOT……!」
そう言い残したきり、理羽子は失神しました。
◆
「大丈夫かいっ!?」
突然に倒れた少女を、若い男性は支えました。
「熱っ! なんて高熱だ。こんな病みたことがない……!」
額に手を当てて熱を測ったり、脈を調べたりしています。
どうも彼は、若い医者だったようです。
「ひとまず家に……!」
ぐったりとした少女を背負い、ただよう白い霧のなかに男は消えていきました。
意識を失った少女の表情が、幸福に満ちていたのは言うまでもありません。
……こうして真知理羽子とその男の物語は始まるのでした。
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