表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬の童話祭2018

マッチ売りの少女はイケメンで暖を取ることにしました。

作者: toiF

~冬の童話祭テーマ~

少女は寒空の下、かごいっぱいに入ったマッチを見てため息をついています。

これをすべて売らなければ、家にいる父親に叱られます。

けれど少女はそんなことを嘆いてため息をついているのではありません。

父に叱られるよりももっとひどいことが今日、自分の身に降りかかることを嘆いているのです。

幼い頃に読んだ童話の主人公になっていることに気がついた少女は、かごから取り出したマッチをみつめて、なんとか悲劇を回避する方法を考えます。

「これでどうにかバッドエンド、回避できないかなぁ」



「マッチは……マッチはいりませんかー……!」

 少女は寒空の下、マッチを売っていました。

 しかし大晦日の夜なだけあって、街ゆく人々は足早に通り過ぎてしまいます。


 ――ああ、このままではどうなってしまうの。


 少女は不安に駆られていました。

 しかしそのときどこからか勢いよく光が落ちてきて、その身体に入っていきました。

「ひゃっ……!?」



 ――真知理羽子(まちりうこ)は、目の前に広がる光景にびっくりしました。

 ふいに目眩がしたかと思ったら次の瞬間、異国の街並みが広がっていたのです。それもフワフワと雪が降っていて、辺りは薄暗いのです。


「さ、寒くて死にそう……」

 指先がじんじんして、身体は冷え切っていました。

「というか私、背ちっさ! マッチ棒とか持っちゃってるし?」

 まるで、マッチ売りの少女のようなシチュエーションです。

 理羽子はこれが夢なのか、現実なのか、はたまた物語の世界に迷い込んでしまったのか見当もつきません。


 とにもかくにも寒くて仕方がありません。このままでは凍えてしまいそうです。

 ですが見知らぬ街、道ゆく人々は忙しそう。

 頼れるものはありません。

 いいえひとつ、この手元のマッチ棒くらいなものです。

 けれどもマッチといってもやれること言えば、しゅっと火を灯せるくらいのもので、そうしたら……そうしたら……


「あ!」


 ――そうよ。わたしってばか。

 自分を笑いたくなりました。なにを考えていたのでしょう。

 この薄暗い夜、寒いときに体を暖まりたいのなら、やることは簡単です。


「このマッチで行き先を照らして、わたしは探すの――」


 想像しただけで耳とほっぺたが温かくなります。

 うんうんと頷いた。


「イケメンを探すのよ……!」



「イケメンは……イケメンはいませんかっ?」

 一声一声に並々ならぬ感情を込めつつ、理羽子は街を歩いていきました。

 辺りは薄暗くてよく見えませんが、マッチの明かりで、理羽子の周りが小さな円形にほんのりと照らされています。


 ほどなくして、ひとつの影が近づいてきました。裕福そうな初老の男性です。

「……お嬢ちゃん、オジサンにそのマッチを売ってくれないかい? 買えるだけ買うよ?」

 しかし、理羽子の返答は迷いがありませんでした。

「あ、これ売り物じゃないんで。――イケメンを照らすために必要な道具なんです。ごめんなさいね!」

 ぺこりと頭をさげると、呆然とする男性を残して、先を急ぐことにしました。

「おじさん、またいつか!!」

「あ、あぁ……」

 お金でイケメンは買えません。

 だからこそ一本のマッチだって無駄にはできないのです。


 また、ひとつの影が近づいてきました。おばさんです。

 イケメンに詳しい可能性が高そうです。理羽子はすかさず自分から声をかけることにしました。

「すみません。この辺りで見ませんでしたか? とびきりのイケメンを!」

「……見てないけど。それよりあなた一人? 寒くない? もし良かったらウチで」

「あ、大丈夫です。これからイケメンで暖を取る予定なので! ふふふ」

 おばさんは唖然としました。

 イケメンのない温かさなど、用はありません。

「おばさん、良い夜を!」

「え、えぇ」

 ですがこの思いやりは嬉しいので、ぺこりと深く頭をさげて、さらに先を急ぎました。

 イケメンは、待ってくれません。一分たりとも無駄にできません。


 しばらくして、ひとつの影が近づいてきました。若い男性です。

 理羽子はドキドキしながらマッチで照らしました。少しイケメンでしたが……

「……惜しい!」

「え?」

 少しだけ理羽子の基準には届かなかったのです。

 いくら見つからないとはいえ、妥協するわけにもいきません。

「84点ってとこかな! でもこのマッチを一本あげる!」

 ぐいと押しつけると、若い男性は困りつつも受け取りました。 

「お兄さん、お大事に!」

「は、はあ」

 理羽子はさらに歩き出しました。


 ……しかし、それからというもの、あまり人には出会わなくなってしまいました。

 ただでさえ出歩く人が少なく、イケメンなどそうそう見つかりません。

 身体も、なんだか動かなくなってきました。

 頭もぼんやりとしています。

 どうも意識が薄らいでいるようです。


 やがてぼんやりとした理羽子の前に、ふいに半透明のイケメンが現れました。

「……このイケメンは……幻影? ああ、なんてこと。架空のイケメンと実際のイケメン、私はどちらを選べばいいの?」

 イケメンはまるで煙草をくわえるように、マッチ棒をくわえています。

 その眼差しはどこか遠くを寂しげに、見ています。

(ああ、どうしてあなたはマッチ棒をくわえているの? こんなの、放っておけない)

 理羽子はたまらなくなりました。

 しかし、わずかな理性がそれを止めにかかります。

(だめ……これは仮初めのイケメン。手を出したら私は終わり……!)


 ……意思を強く持ちます。

 目を伏せて、泣く泣く強行突破することにしました。

 しかしそれからというもの、歩くペースは遅くなってしまいました。

 次第に、また頭がぼんやりしてきました。


「ああ……これも幻影?」

 それは理想のシチュエーションでした。

 長い足を組んで椅子に座り、フランスパンにかじりつく、野性的なイケメン。

 ほら、食えよ。そういって、パン屑を理羽子に投げつけるのです。

「や、やめて、わたしは人間よ! 公園の池にいる鯉じゃないんだから……!」

 迷いました。今度こそ、仮初めのイケメンを選ぶこともできました。

 それでも意思は曲げられません。

 理羽子は、本物志向なのです。

 涙ぐみながら、突き進むことにしました。


 しかしそう意地は張っても、冷え切った身体はもう思うように動かなくなってきました。

 気持ちも弱くなりつつありました。

「イケメン、いったい私のイケメンはどこに……?」

 ふいに何かにつまづいて、転んでしまいました。

 地面は冷たくて、凍えそうなほど寒いです。

 いくつもマッチ棒がカゴからこぼれて、ほとんどが雪に濡れて使い物にならなくなってしまいました。



「……こんなところで、諦め、られない」

 寒さに震える腕を、地面につきました。

「……ケメンが、るの」

 力を入れて、立ち上がります。

「イケメンが待っているの!!」

 足をぐっと踏ん張って、重い身体を押し上げます。

 近くの壁に寄りかかるようにして、一歩ずつ前に行きます。

「あ、あと少し」

 もしかしたらあの曲がり角の先に、イケメンがいるかもしれない。

 きっと、あと少しできっと――


 ですが大人の身体ならともかく、少女の身体では、もう持たなかったようです。

 数歩進んだところで、気がつけばまた倒れていました。

 力はもう残っていません。

 瞼は重く、辺りを見ることもできません。耳だけが、雪の降り積もる微かな音を伝えています。

 理羽子の心は悲しみでいっぱいになりました。


 とうとうイケメンは見つからなかった、と。



 ……



「――大丈夫かい?」

(……この、声は……ッ!?)

 理羽子の研ぎ澄まされた聴覚は、その声を拾いました。

 低い声。色気がありながらも若々しさのある男性の声。

 理羽子の経験からして、そんな喉仏の持ち主はイケメンである確率が限りなく高いのです。

 心臓が高まりつつありました。奥底から力がみなぎってきます。

 

 重たい瞼を開くと、霞んだ視界には、イケメンの顔がぼんやりと。

 全精力を眼球に込めて、ぐぐっとピントを合わせました

「あ」

 顔を捉えました。申し分のないイケメンです。

 心臓の鼓動が、さらに高まります。身体が熱を帯び始めました。

 求めたイケメンが現れたのです。


「……ふふふ」

「笑って、るのかい?」

 いつしか理羽子の吐く息は真っ白になっていました。

 なにやら身体が、ジューっと音を立てています。

「な、まさか、雪が溶けている……?」

 理羽子の身体は、その発熱のあまり蒸気をあげながら雪を溶かしていました。

 その顔も、汗ばんでいます。


「……すこし?」

「な、なんて?」

 イケメンは屈んで、理羽子の声を聞き取ろうと近くに顔をよせました。

「もうすこし、顔、みせて」

 びっくりしたように、イケメンは理羽子のほうへ顔を向けました。

 至近距離で見る端正な顔立ちに、ますます、力がみなぎってきます。

 ジュワジュワーっとさらに音を立てて、たちまち辺りに濃厚な白い霧が立ちこめ始めました。

 瞬く間に、周囲は白い霧で包み込まれてしまいました。

 理羽子は倒れていたことがウソであったかのように、すっと立ち上がりました。


 そして流れるような動きで一本のマッチ棒に火を灯し、イケメンの顔を上下左右から照らしあげました。

 堀の深い目鼻立ちが強調されるように、陰影が、現れました。

「最高。もっと、もっと!」

「き、キミ、頭から湯気が出てるよ!?」

 真っ白の霧のなかに灯るたったひとつの小さな火。

 二人は向かい合っていました。

 ゆらめく火の輝きは、イケメンの顔を照らします。

 真知子の顔を、赤く染めています。

「わあ、ロマンティック」

 まるでこの世界は二人きりのようで。

 真っ白な世界のなかに、二人きりで閉じ込められたようでした。

 それはとても幻想的で、理羽子がずっと追い求めていた世界でした。

「すてきィ……!」

 そう言い残したきり、理羽子は失神しました。



「大丈夫かいっ!?」

 突然に倒れた少女を、イケメンは支えました。

「熱っ! なんて高熱だ。こんな(やまい)みたことがない……!」

 額に手を当てて熱を測ったり、脈を調べたりしています。

 どうもイケメンは、若い医者だったようです。

「ひとまず家に……!」

 ぐったりとした少女を背負い、ただよう白い霧のなかにイケメンは消えていきました。

 意識を失った少女の表情が、幸福に満ちていたのは言うまでもありません。


 ……こうして真知理羽子とその男の物語は始まるのでした。

感想・評価等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 可愛いイラストを見て、見に来たらぶっ飛んだ展開の連続で爆笑しました笑 理羽子の命に変えてでもイケメンを見つけるという執念が物凄かったです笑
2017/12/26 14:42 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ