寵児自粛
女性からしたら男というのは怖いですよね?
でも臆病者からしたら男も女も自分より高い位置にいる人全員怖いです。そして羨ましいのです。
「人間誰しもが恋人のいる相手には尊敬と称賛と少しの僻み(ひが)を持っているものだ」と、父は言っていた。
尊敬と称賛にしたって相手を心から祝福しているわけでは決してなく、少しばかりのマイナスな感情を隠すための隠れ蓑でしかないだ。街を歩いていて、はたまた電車に乗っていてその他色々な場所にゴキブリのようにうじゃうじゃ群がる彼ら彼女らは、しかし思ったことはないか?
彼ら彼女らに相応しいのは自分のほうだと、何故あんなヤツがクラスで一番可愛い子と付き合っているのかと、何故あんな見栄っ張りな女と性格のいい彼が付き合っているのか……
今この瞬間にも僕の隣では新たなカップルが成立しようとしていた……
クラス替えをしてクラスの中にもいくつかのグループが形成されていた。つまりは進級してから一ヵ月が経過し自分だけはその波に取り残されてしまった。つまりは一人ぼっちという事だ。
入学した当初から今日に至るまでグループに属せなかった、クラスメイトたちにすら僕の存在を認識されているか甚だ怪しい。
そんな僕でもクラスの役には立ちたいと思い、図書委員に属してはいるものの、他の委員会は二人一組が基本なのだが、なぜか図書委員だけはクラスで一名だけしかなれないらしく、クラスの人たちともコミュニケーションが取れない僕は他学年、他クラスの生徒たちともやはり誰とも仲良くなれないまま、なじめないまま、染まらないまま学校生活を送っていた。
ある日の昼休みの教室。居場所のない僕は優しさからクラスの誰に気づかれることなく自席から離れて屋上へと向かった。正確に言うのであれば、誰も僕という存在を気にも留めてはいない。風景の一部でしかない、装飾品ですらないそんな僕である。
今日も今日とて静かで人のいない屋上。この高校に入学して唯一の安らげる場所、至福の空間であまり人の訪れの少ないそこで、いつものように一人でランチをしていると扉がガチャリと開かれて一人の女子生徒がやって来た。
それは同じクラスの高畑非利流という生徒だった。彼女はクラスの上位カースト達の一人である。
身長はあまり低くもなくまた決して高くはない、普通くらいというとわかりづらい。見た感じ160cmくらいだ。上位カーストに属してる割にはあまり悪目立ちするような生徒ではなかった。
同じクラスになって一度も話したことなんてないけれど、(まだクラスの誰とも会話らしい会話なんてしたことはないのだけれど。)クラスの人達の名前と顔はクラス替えの次の日には全て把握しているのがボッチの特性だったりする。
いやいや、だからって僕が学校でクラスでボッチってわけじゃないんだよ?
本当だよ。
どうやら僕がいることには全く気付いてくれていないようでそわそわと忙しなく動き回っている。その様子から察するに僕に会いに来てくれたわけではなさそうだ。
そんなに広くもない屋上でなんで僕の存在に気付いてくれないんだよ。
期待とかは全くしていないのだけれどいつもは誰も来ない屋上に人が来たら少しだけ何かを期待してしまう。類が友を呼んだのだと思ってしまう。そう、友達を呼んでしまったのかと勘違いしてしまう。
二、三分くらい経ったと思う。また屋上の扉がガチャリと開かれた。
今日はやけに来客が多いな。
入ってきたのは男子生徒だった。見覚えのある顔だと思ったらこれまた同じクラスの生徒で名前は桐山入得とかだったはずだ。高畑とは違うグループに属しているが彼もれっきとした上位カーストの住人である。
そんなヤツらと比べると自分は情けないようにも思えてしまうが、そんなことはこの際よそに捨て置いてもいいことなのだが、まじかで見てしまうと心がざわついてしまう。
それにしても後から来た桐山ですら僕のことに気づいいないようだ。もしかして上位カーストのお二人がわざわざ僕を虐めにでもきたのかな?
なんて思いそうなほどほんと気付いてくれないよね。
泣きそう。
「ぁあ、桐山君来てくれたんだね。ありがとう
「手紙読んで来てくれたんだよね? 」
何やら僕がここにいると二人の邪魔になりそうな雰囲気だったため急いで物陰に隠れた。
「う、うん。そのことなんだけど俺でいいの? 」
「もちろんだよ。桐山君じゃなきゃ嫌だよ
「私は桐山君が好きなの」
おいおいおいおい、今時屋上に呼び出して告白するヤツとかいたのかよ。驚きだな。
そう言った高畑はここからじゃあまりよく見えないが顔を下に向けている。
「高畑さんなんか早とちりさせちゃってごめん
桐山は申し訳なさそうに言う。
「俺、今付き合ってる彼女いるんだ、一つ下の学年の女子で滝本出流って子なんだけど、一週間くらい前から付き合いだしたんだ。だからここに来たのは断ろうと思って……
「ありがとね、そしてごめんね」
桐山はそのまま屋上を去って行った。
はー、まじかよ珍しい場面に遭遇したと思ったら、自分が一生されることのないものを見てしまった。
高畑は桐山が去ったあとじっとしていたが、しばらくして声を出しながら泣きはじめた。
屋上の出入り口付近に高畑がいるため教室に帰りたいけれど帰れないしどうしたものかと思案していると、屋上の扉がガチャリと開いて数人の女子が入って来た。
あれ? あいつらってたしか……
翌日、午前最後の授業が終わり僕は昨日と同じで、いつも一緒――お決まりの場所に向かった。
昨日あの後、桐山が屋上から立ち去った後僕は一人残された高畑に気を使ってその場所を動けなかった。どうしようかと思案していると、高畑と同じグループに属する東上美沙貴と藤田里ともう一人は見覚えのない、同じクラスではないことは確かな女子が一人、計三名が高畑のもとにやって来た。
彼女たちは泣いている高畑のもとに駆け寄るとわざとらしい明るい声色で言う。
東上はしゃがみ込んで形だけの謝罪をする。
「非利流、あんたが高畑のことまじで好きだったとか知んなくてさーまじごめんね」
藤田は少しばつの悪そうな表情をしている。
「あたしさ、あんたの気持ちも知らなくてさなんか悪いことしちゃったね
「でも、元気だしなってもうすぐ桐山、彼女と別れることになるんだからさ、そしたらもう一回告白してみなよ」
この言葉に高畑は顔をあげてどういうことなの? と聞き返した。
「そっか、まだあんた知んないんだっけ? この子紹介すんね……
高畑はそこでようやく東上の隣にいる女子に目を向けた。
「滝本出流ちゃんって言うんだけどこの間私のバイト先に入ってきた一年生なんだけどね、なんかすんげーえ話とか盛り上がっちゃって、仲良くなっちゃったんだ」
「初めまして。滝本です。入得君の彼女やってます」
「滝本って、じゃああなたが桐山君の彼女なの?」
「だから最初にそう言ったじゃないですか、高畑非利流セ・ン・パ・イ」
そう言ってにっこりと微笑む滝本。
なんだか彼女はすごく楽しそうな表情をしていた。
「さっきの話だけど……どういうことなの?」
「さっきの話というのは、東上先輩とどんな話で盛り上がったということでしょうか?」
「とぼけないでよ、さっきあなたが言った桐山君と別れるっていう話のことよ」
滝本出流はとぼけた表情で高畑非利流の顔を覗き込む。
「私はそんな話していませんよ、そのことを言ったのは藤田先輩ですよ。
「それを言ってしまうと、東上先輩と盛り上がってしまったこともやはり私からは言っていないのですけれどね」
なんであんなに挑発しながら話をするのだろうか。随分と好戦的な性格に思う。それが彼女への第一印象だった。
場の空気が悪くなってきたのを察したのだろう東上が――
「出流、ただでさえ落ち込んじゃってるんだから、おちょくってやんないでよね」
「そうですね。確かにこれじゃあ弱い者いじめしているみたいですもんね。すみませんでした。高畑先輩」
――滝本出流と高畑非利流の仲裁に入ったおかげでそれ以上の口論にはならなかった。
「ごめんね、この子こういうとこあるんだけど根は良い子だからさ許してやってよ」
しぶしぶといった様子ではあったが高畑はそれ以上何も言わなかった。
このままでは話が進まないと思たったのか藤田が話を進める。
「さっきのことだけどさ、たぶんあんたは知らないと思うんだけど私さクラス替えがあった日に桐山に告白して振られちゃったんだよね
「ううん? あんたに言わなかったのは何故かって、特にこれと言ってそれを話すきっかけがなかっただけ。まあそれでね二週間くらい前に美沙貴にこの話をしたら、振られた時の怒りみたいなのが出てきちゃって、そこでちょうど美沙貴が知り合った出流ちゃんに手伝ってもらって一週間前告白してもらったら桐山のヤツあっさりオッケーしちゃってさ
「まあだからあれだよ、あんたが桐山のことあきらめきれないなら明日にでも出流ちゃんには桐山と別れてもらうことにするよ」
それでいいよね? と滝本出流に聞くと二つ返事で了承をしてもらえたようだった。
この時すでに昼の授業は開始されて十分くらいたっていたが一向に屋上を去ってくれる気配はない。
そのさらに十分後ようやく高畑たちは教室に戻って行った。そしてそれと同時にようやく僕も教室に戻ることができた。
話は現在に戻る。
屋上でしばらく待っていると、桐山、次いで滝本の順で屋上にやって来た。
「桐山先輩、実は大事な話があるんですけど
そう言って彼女は話を切り出した。
「私と別れてください」
そして直球に言った。紆余曲折も二転三転もせずに順序もへったくれもなく。
桐山は一瞬困った顔をして、もう一度聞き返す。
「私と別れてください。意味が通じないのであればそうですね、言い方を変えましょう。私との思い出をすべて消して屋上から去ってください。そして以後私に近づかないでください」
顔は笑っているの言ってることはずいぶんと辛辣である。
桐山は滝本の代わりぶりに困惑しながらも、文句を言わずに屋上を去って行った。
桐山のヤツ年下にあんなこと言われてよく我慢したなと感心するばかりである。少し見直したぞ桐山。まあ、僕にどう思われようとそれこそどうでもいいことではあるのだろうけれど。
今回のその後。高畑は無事桐山と付き合うこととなりそれはめでたしではあったのだけれど、滝本出流と僕が付き合うことになったことも一応言わなくてはならない。
何故そうなったのかはまた別のお話。機会があれば話してあげたい、お前の母さんのことを。
~終わり~
付き合うことが幸せで、最終的に好きな人とそうなれたとしても、付き合うまでの過程を知っている人からしたらきっとそれはハッピーエンドではないのかもしれません。
幸せなのかそうでないかは、周りが決めることではなく当人同士が決めるべきことなのかなと思いました。