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Fシリーズ

クラムチャウダーとクラッカー

作者: 若松ユウ

A「犬も食わないクラムチャウダー」

@海原家

スイト「いつでも気軽に遊びにおいで、とは言ったけど、駆け込み寺扱いされると困るよ。僕たちも、みどりの面倒を看なきゃいけないから」

コンペイ「ウゥ。そんな冷たいこと言うなよ。シリアスままごとが、具現化する危機なんだからさ。緊急事態。エマージェンシー」

スイト「シリアスままごと?」

コンペイ「昼のドラマみたいな、泥沼劇ごっこさ。幼稚園の頃、よく藍ちゃんとそうして遊んでたんだ。ズボンにキャバクラの名刺が入ってたり、背広にラブホテルのマッチが入ってたり、ワイシャツのキスマークがあったり、洗面所に長い毛髪があったり、探偵に調査を依頼したり。そういう修羅場設定を作り上げて、どう切り抜けるかを競うわけ」

スイト「幼稚園児にしては、ちょっと不健康な遊びだね。面白そうだけど」

コンペイ「ワァン。このまま、目に優しくない離婚届を突きつけられるんだ、きっと」

スイト「話し合って、何とか浮気を許してもらいなよ。向こうも、茶子ちゃんが説得してるだろうし」

コンペイ「グスン。ン? 何か勘違いしてないか? 俺は、浮気なんかしてない」

スイト「アレ? てっきり、藍さんは紺平くんの浮気をした動かぬ証拠を発見したから、怒って飛び出してきたのかと」

コンペイ「違う、違う。怒らせたのは事実だけど、そういう理由じゃない」

スイト「それじゃあ、どういう理由なの?」

コンペイ「ウッ。それは、だな」

スイト「目が泳いでるね。まぁ、説明したくなければ、無理にしなくて良いよ。とにかく、僕の家に戻ろう。ねっ?」

  *

@木場家

アイ「バイエル、ハノン、ブルグミュラーにツェルニー。もれなく青い表紙だな」

スイト「ピアノを習わせようと思って、宍戸くんから教則本を譲ってもらったんだ」

コンペイ「バッハは分かるぜ。あのパーマネントおじさんだろう? あの髪型、寝る時に邪魔にならないのかな?」

アイ「言っとくけど、バッハもモーツァルトもカツラだから」

スイト「ベートーベンは違うけどね」

コンペイ「えっ。それじゃあバッハは、あれを取ったら坊主なのか?」

チャコ「みどりを寝かせて来ましたよ、翠人さん」

スイト「ありがとう、茶子ちゃん」

チャコ「ところで、何の話をしてるんですか?」

アイ「大した話ではないんだ。コンが、また変な思い付きを口走っただけ」

コンペイ「何だよ。変な、とは失礼だな」

チャコ「フフフ。すっかり元通りですね」

スイト「そうだね。仲直り出来たところで、夫婦喧嘩の原因を教えてくれるかな?」

  *

スイト・チャコ「「クラムチャウダー?」」

コンペイ「そう。俺が、皿に盛り付けられたライスの上に、それをスプーンで掛けようとしたのが、事の発端」

アイ「カレーじゃないんだから、別々に味わうべきだと思って。――妊娠のイライラをぶつけて、すまなかったな」

チャコ「なるほど。そういうことだったんですね」

スイト「本当に離婚しなくて良かったよ。もし、そうなってたら、お腹の中に居る子に説明できないもの」

チャコ「お父さんがクラムチャウダーをご飯の上に掛けたから、お母さんは別れることにしたの、と言われても、納得できませんよね」

スイト「クラムチャウダーに対する憎悪感が芽生えるだけだね」

  *

@海原家

コンペイ「そうそう。翠人も酷いんだぜ、藍ちゃん。俺が浮気をしたと勘違いしてたんだからな」

アイ「仮に、そうなら、逃げるのではなく、一発お見舞いするところだ。正拳突き、底掌突き、貫手突き、熊手打ち、下段蹴り、足刀蹴り、頭突き。好きな技を選べ」

コンペイ「ウヘェ。選ばないということには?」

アイ「フルコースをお望みなら」

コンペイ「いえいえ。ありがたく、選ばせていただきます」

アイ「ということは、コン。もう、すでに」

コンペイ「違うよ、藍ちゃん。もしも、そうなったらの話だって」

アイ「フン。まぁ、信用しよう」

コンペイ「ありがとう。フゥ、助かった」

  ☆

B「第三倉庫から脱出せよ」

@第三倉庫

アイ「痺れが残ってるということは、わたしが捕まってからも、コンは、かなり時間稼ぎをしたんだな」

コンペイ「にへはあへやらいお(=逃げた訳じゃないよ)」

アイ「あぁ、そうだろうな。逃げた訳じゃなく、助けを呼びに行こうとしたんだろう?」

コンペイ「ほうらよ。藍ひゃん、はふあらえ(=そうだよ。藍ちゃん、さすがだね)」

アイ「何を言ってるか、サッパリだな。ちょっと、わたしのあとに続いて発音してみろ」

  *

コンペイ「植木屋、井戸替え、お祭だ」

アイ「よし。滑舌は戻ったな」

コンペイ「いまの、何ていう詩?」

アイ「あめんぼの歌というそうだ。高校時代、放送部の黛に、体育の待ち時間中に教わった。まさか、こんな場面で役立つとは」

コンペイ「人生、いろいろだね。野菜の馬だ」

アイ「それを言うなら、塞翁が馬だ。――お次は、コイツだな。ヨッと」

アイ、後ろ手に縛られた腕を、縄跳びで後ろ跳びする要領で前に。

コンペイ「おぉ、凄い。俺も真似してみようっと。腰を浮かせて、こうか? ……アタタ。駄目だ。これ以上行ったら、肘が逆パカする」

アイ「コンの肘は、ガラケーか。関節が硬いんだな、コンは」

コンペイ「ヘェ。長座体前屈だけは、どうも苦手なもんでさぁ」

  *

アイ「しっかり踏ん張っておけよ。くれぐれも、顔を上げないように。ホッと」

アイ、コンペイの両肩に両足を乗せ、窓枠に手を掛け、爪先立ち。

コンペイ「ウオッ。ノシッと来た」

アイ「失礼な奴だな。(鉄格子が嵌ってるのか。いや、それ以前に肩幅が通らないか。何にせよ、爪先立ちでやっと届く高さじゃ、脱け出すのは無理だな)」

コンペイ「重いよ、藍ちゃん」

アイ「いま、降りる。まったく。うるさい踏み台だな」

アイ、片足に体重を掛けつつ、床に降りる。

コンペイ「グエッ」

アイ「蛙のような声を出すな、情けない。蝶のように軽かったんじゃなかったのか?」

コンペイ「両腕に抱えるのと、後ろ手で三角座りの上に乗られるのとでは、感じる重みが違うよ。――それで、どこか分かったのか?」

アイ「おそらく、港だ。周りに水平線が広がり、近くにガントリークレーンがあり、景色が移動する様子も揺れている様子もない」

  *

コンペイ「アレ? ノブが回るぞ」

アイ「そんな馬鹿な。そこを代われ」

アイ、コンペイと場所を入れ替わり、ドアを開ける。

♪パーティークラッカーの音。

海原父「結婚、おめでとう。それから、ステージクリア、お見事」

  *

@庚午埠頭

アイ「つまり、すべてドッキリだったという訳ですか、業平さん?」

海原父「そういうこと。。手錠を掛けるくらいだから、ドアも施錠されて当たり前田だと思ったかい、ワトソンくん?」

アイ「えぇ。見事に、思い込みに囚われてましたよ、ホームズ。――しかし、コンまで仕掛け人だったとは。しかも、呂律が回らないのも演技だったなんて」

コンペイ「ヘヘン。酔っ払いの形態模写は、天下一品、ピッカピカだからな。今回は、その応用。懐かしかろう?」

アイ「あぁ、幼稚園の頃以来だな。千鳥足で奇声を発したり、電柱と会話したり、ネクタイで鉢巻きしたり、片手に折り詰めかカップ酒を持ったフリをしたり。実際に見たことないはずなのに、よく演じられるものだと、呆れ半分に感心したものだった」

海原父「これで愛が深まってくれたのなら、こちらとしてはサプライズ大成功なんだが」

コンペイ「充分、深まったよ。なっ、藍ちゃん?」

アイ「そうだな、コン。――引っ掛かったのは口惜しいですけどね」

海原父「ハハハ。その点は悪かったと思ってるよ。それじゃあ、またいつか、どこかで会おう」


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