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神さまの特権  作者: 原咲一
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旅立ち

 蒼木家、午後9時。凛の部屋、ベランダ。


「二人には、今日も泊まってもらって、明日の朝、帰すから」


 ベランダから横浜の街を眺めながら、電話先の相手に報告しておく。電話越しで「おぅ、分かった」と声がかえって来たのを確認するも心の中では、「どうせほっぽり出してどっか行ってんでしょ」と嘆息する。でも、今日だけはこの軽薄な男にもお礼を言わなければ。


「それと、今日はありがとう。色々、迷惑かけたわ」


「そうだな、今日は散々だった。でも、見に行って良かった」


「私がああなるって分かってたの?」


「確証はなかったが、凛の性格からして、模擬戦はやると思ってたから念のために来ただけだ」


「そう」


 目の前に広がる街並みはいつもと変わらない風景だ。一軒一軒の家に灯りがともっている。家の中では夕食を終え、団らんの時間が流れているのだろう。家もさっきまで、俊くんと晴人くんとの団らんを過ごした。晴人くんにはだいぶ謝らせちゃって、悪いことしたなぁ。あの時、ちゃんと対応できてれば、罪悪感も軽減できただろうし、危険にさらすこともなかった。


「大丈夫か?」


「えぇ、心配いらないわ」


「気にするななんてとても言えない。凛は確かに晴人を危険にさらした。でも、それはお前だけの責任じゃない。特訓を頼んだ俺にも責任がある」


「そんな慰めはいらないわ。自分の責任を他人に押し付ける気はないから。責任の所在は当人になければいけない」


「凛にも責任があるように、俺にも責任があるのは事実だ。慰めた訳じゃない」


「あの子たちを私に任せたのが間違いだったと思ってる?」


「それは絶対にない。あいつらがあれだけやれるようになったのは凛のおかげだ。今日だって、結果的には発現の危険をこれ以上なく伝えられた。それに、凛自身も学ぶことがあったと思うが」


 達也の言葉に思わず、今日の醜態を思い出す。あの時、晴人くんのオーバーレイを見て暴走したのは私の方だった。あの程度の出力の発現は普段ならコントロールできているのに、力のままに暴走させた。なにより、然者としてはまだまだな二人に向けて使う大きさを完全に超えていた。


「自分で自分が嫌になる」


 思わず、声が漏れた。


「なにも凛が然者である必要はないんだ。今からでも学業に専念する道もある」


 達也の返事にはっとする。


「私は、然者はまだ辞められない」


「そうか。今日は、久しぶりにあれだけ激しい光を見たよ。実際の威力以上に派手だったんじゃないか。それに剣も重かった。まあ、いつもは鍔迫り合いまで持っていけないし、なってもすぐ吹っ飛ばされてるけど」


「何が言いたいの?」


「深い意味はないさ。俺は今日、楽しかったって言いたかっただけだ。凛、お前は然者でいて、楽しいか?」


「楽しいばっかりで、いつも困ってるのはこっちよ」


「ははっ。今後は気を付けるよ。それじゃあな」


「えぇ、それじゃあ」


 電話を切り、ベランダのデッキにもたれかかった。


 達也の言いたいことは分かっている。楽しくないと、息が詰まる。その結果が、今日だ。感情のままに剣を握ったのはいつぶりだったろうか。感情に駆られるとろくなことにならない。いっそ、剣を手放した方が、なんて考えなくもないが。


「いいえ。それでも、私は」


 ー翌朝、3月16日、午前7時ー


「「蒼木さん、お世話になりました」」


「こちらこそ、楽しかったわ。それと、昨日はごめんね。私もまだまだだと思い知らされたわ。これからはお互い強くなりましょう。もちろん、強さと言っても色々あるけれど。二人にとっての強さが

みつかるのを楽しみにしてるわ」


「はい、俺たちにとっての強さを必ず見つけますから、期待しといてください。次に試合する時も、簡単には負けませんから」


「期待してるは。二人は、4月の東京大会からいきなり参加するの?」


「そのつもりです」


「そう。じゃあ、晴人くんの刀はそれまでに必ず届けます。それから、私のことは凛でいいわ。もうずいぶんと深い仲になれんだし」


 そう言うと、蒼木さん、いや、凛さんは笑った。特訓続きで、談笑の時間は夕飯以降だったので、外で凛さんの笑顔を見たのは久しぶりな気がする。


「そうですね。凛さん」


「む!俊くん、いつの間に。初めて会った時はいい反応してくれる子だったのに……」


「俺だって成長してるんですよ」


「なにかっこつけてんだよ。凛さんと離れるのが寂しいくて、照れ隠ししてただけですよ。普段はすぐぼろがでるくせに、一つのことに集中したら反応しなくなるとこ、ほんと俊だよな」


「勝手にばらすなよ。お前だって寂しいだろ!」


「うん、寂しいよ」


「お前なぁ」


 真っ直ぐな晴人の返事に聞いた俺の方が恥ずかしくなる。狙ってやってるんだか、まったくもう。心なしか凛さんも照れてるような。これは俺のせいでもあるか。


「そうなんだ。じゃあ、次に会ったら満足いくまで可愛がってあげるわ。もちろん、晴人くんもね。多分そんなに遠くないと思うから」


「期待してますよ。僕は俊ほどちょろくありませんよ」


「分かったわ。それじゃあ、そろそろ。二人共、元気でね。旅は大変だろうから、困ったことがあれば言って。すぐにはなんとかしてあげられないと思うけど、達也よりはまともにできる自信があるから」


「ありがとうございます。それじゃあ、本当にお世話になりました」


「ありがとうございました。凛さんもお元気で」


 最後に凛さんは、強気だった晴人に「覚悟しときなさい」と、ウインクしながら言って、俺たちを送り出してくれた。少し照れた表情も相まってめちゃくちゃ可愛かった、なんて思いつつ横浜駅へ向かい、家に帰った。


「ただいまー」


「お帰り、俊。晴人も帰ったか?」


「うん、もう家に着いてるはず」


「そうか。19日に東京へ行くからそれまでに旅の準備を済ませておくようにな。晴人にも伝えといてくれ。ご近所さんには挨拶回りも欠かさずにな」


「挨拶には、父さんも一緒に来る?」


「仕事がなければな。まぁ、俊も晴人もたくさんお世話になってるし、極力行くつもりだから、仕事を入れる気もないな。ははっ」


「そっか。俊には後でメールしとく」


「頼んだぞ」


 その後、部屋に戻りゆっくりした後、晴人と相談しながら準備を進めた。18日の午前中には準備はあらかた終わり、午後にご近所さんを回り、旅の報告をした。手土産まで持って、お礼を言っていた父さんには普段とのギャップに、俺も晴人も驚いた。なんだかんだ、ちゃんと大人なんだなぁと感じさせられた。


 そして来る、4月19日。20日からの東京大会に向けて、新国立競技場のある千駄ヶ谷駅に到着した。

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