最強への挑戦
晴人との初めての実戦後も蒼木さんの指導は続いた。主には、戦闘中の身体の使い方講座や、蒼木さんの光の能力に目を慣らすことだったが。発現なしでもきつさの変わらない中、指導後は夕食が待っていることを期待し、なんとか指導を耐え抜き、初日が終わった。
その後も連日指導が続き、あっという間に最終日の朝を迎えた。
朝食のさなか、蒼木さんが唐突に尋ねた。
「いよいよ今日で私が見る日も最後だけど、これからの本番に向けて、強くなった実感はある?」
「もちろんです。蒼木さんのおかげで、初めて刀を握った時よりもかなり強くなったと思います。本番の試合でも優勝してみせます」
「ずいぶん強気ね。私も鍛えた甲斐があるってもんよ。それじゃあ、今日の午後錬、正真正銘の最後の稽古は、私との模擬戦にしましょう」
「えっ。それはさすがに……」
「もちろん受けるわよね、自信たっぷりの俊くんなら。あっ、ちなみに俊くんと晴人くん、二人がかりで来てもらって構わないから」
「分かりました」
「やった。実は最後に試合してみたいと思ってたの。楽しみにしてるね」
自信満々でいた手前、蒼木さんに意見するなどできるはずもなく、渋々受け入れ、蒼木さんとの試合が決まった。はじめから蒼木さんに誘導されていたような気がするが、最後までペースがつかめなかった。晴人と一緒ならなんとかなるだろうとなけなしの希望を胸に、最後くらい蒼木さんを理解することも小さな目標に朝食を終えた。
「いよいよだね。最後くらい蒼木さんに一矢報いてやろうぜ」
午前の指導も結局、最後まで俺たちはへとへとになり、蒼木さんは涼しい顔をしていた。昼食後、フラストレーションがたまっていたのか、珍しく強気な晴人の声に元気をもらいつつ、最後の午後を迎えた。
ー午後2時、蒼木家裏庭練習場ー
いつもより長めの昼休みを終え、午後の指導が始まった。
「これで私が面倒できるのは最後ね。本当はもっと見ていたのだったけど。明日からは別の仕事があって、春休みまでに終わらせなきゃだから。4月まではそこの人にみてもらって。ちょっと、かなり不安だけど。二人はあんな風になっちゃだめだからね」
「酷い言いようだなぁ~。心配しなくても大丈夫だ」
午後の指導の直前に、俺たちの試合を見物しに来た父さんに顔を向けて言い放った蒼木さんに父さんがいつもの調子で反応していた。「凛ならやると思っていた」とか言って、俺たちの試合を見に来たってことは、やっぱり今朝は蒼木さんの手のひらで転がされていたってことか。
「まぁいいわ。じゃあ、そろそろはじめましょうか、俊くん、晴人くん。二人の今の全力を私に見せてちょうだい」
「はい」
「もちろん」
蒼木さんが剣を抜くと、開始の合図とばかりに発光した。
俺と晴人も刀を抜き、一気に蒼木さんへ詰め寄った。ここからは初日の晴人戦と違い、これまでの特訓の成果を生かす番だ。
蒼木さんとの距離5m、俺が晴人の後方で止まり、陰に隠れる。これで蒼木さんからは、俺は晴人に重なって見えないはず。
「俊、炎展開準備」
「ああ」
実力の知れない相手、格上の相手との試合では相手のスキを生み出すべし。俺たちにとって蒼木さんは二重で当てはまる。なんとしてでも一太刀浴びせてみせる。
晴人と蒼木さんの距離3m、蒼木さんは剣を向けたままなお動かない。ここで一気に攻める。俺たちの最初のアプローチだ。
「いくぞ、炎展開。跳べ、晴人」
「はぁー」
俺の声に合わせ、刀が赤く光る。刹那、刀身から炎が生まれた。特訓初日とは明らかに違うはっきりとした炎。刀から地面に炎をつたわせ、猛スピードで晴人の足元へ迫る。晴人の足に炎が追いつく直前、晴人が前傾姿勢で跳び上がり、炎を回避。青く光る刀身からは水が発現。こちらも初日とは比べられない威力とコントロールだ。それを鉄砲水のように後方に激しく飛ばしながらの跳躍。
蒼木さんとの距離はもうわずか。
ついに剣を構え、晴人に狙いを定める蒼木さん。刀身は淡く発行し始めている。
ここだ。このタイミング。集中力がそがれると発現は途切れる。
晴人が打ち出した水が俺の炎に触れた。瞬間、大量の水蒸気で俺の視界がふさがる。晴人と考えた作戦、剣が触れる直前に激しい環境変化を生み出すことで、蒼木さんの動揺を誘う。蒼木さんの発現が止まれば、晴人の剣が蒼木さんを上回る。
「バキィーン」
剣と剣が触れ合う音。水蒸気に覆われた視界が晴れていく。
「はっ」
水をまとった晴人の剣戟とそれを受け止め、逆に晴人を押し戻す蒼木さんの白く光る剣。蒼木さんの発現は止まっていない。
「まだまだ、予想の範囲内よ」
「くっ」
このままでは晴人がまずい。ダッシュで蒼木さんとの距離を詰めつつ、炎での中距離攻撃で、戦局を崩す。そう思い、踏み込んだ俺を感じた晴人が俺を制止する直前、蒼木さんが動いた。晴人の剣を抑え込んだ形から不意に力を抜き、思わず倒れ込む晴人の刀に横から追撃を与え、俺への急接近。はじめの発現から一度も切らさず、詰め寄ってくる。対する俺はダッシュの前傾姿勢から体を翻せない。それに、発現にも数秒の時間を要する。
「ここまでよ」
首元にまで接近した剣のファンッ、という音共に耳元で蒼木さんが宣言した。俺は体を無理に動かそうとした反動からそのまま倒れ込んだ。寸止めの敗北。一人目の敗者は俺ということだ。
「くそっ。結局、俺が一番ダメじゃないか」
蒼木さんと晴人の一騎打ち。ここまでとは打って変わって、晴人がひたすら水と剣戟の攻撃を繰り出し、蒼木さんはそれを完璧にしのぐが攻撃はしてこない。攻めている晴人の方が辛そうだ。蒼木さんであれば一気に勝負を決められそうに思えるが、一体。
「もう終わりかしら。あなたたちの全力を見たかったのだけれど、期待しすぎちゃったかしら。どう、もう終わりにしようか?」
「冗談言わないでくださいよ。まだまだこっからですよ」
「そう。照射」
蒼木さんの剣が激しく発光する。これまでの特訓では一度も見せなかった威力のフラッシュだ。かなり、まぶしく目を開けているのが辛い。でも、ここで目を閉じてしまえば、その時点で蒼木さんの勝ちが。隙だらけの晴人など造作もないだろう。
「格の違いを思い知らされている感じだな。俺たちはまだまだだったてことか。勝つ以前に、蒼木さんの全力がどこなのかいまだに分からない」
「反省するのはいいけど、ナーバスになるのはよくないよ、俊。暗くなると見えるものも見えなくなる。せっかく目の前に大きな光があるんだから利用しない手はないでしょ。ね、蒼木さん」
晴人の言葉に蒼木さんは満足そうに微笑んだ。この試合中、一度も見せなかった笑顔。蒼木さんも真剣だからこその速攻と持久戦だったのだろうか。俺たちのこれからのため最大限力を尽くしてくれている。それなのに、こんなところで諦めるわけにはいかない。戦闘には参加できなくても、蒼木さんからできるだけ吸収してみせる。そして晴人、お前は、時々俺が驚かせてくれる。その調子で蒼木さんに目にもの見せてやれ。
「いっけぇー、晴人」
「おう。すぅ、展開」
まぶしい光の中心で晴人が刀を胸に掲げる。青く発行した刀は水を生み出し、円を描いた。俺にはまだあそこまでのコントロールはない。コントロール力は発現能力の相性もあるが、それを抜きにしても晴人の技術はかなりのものと思う。水の円は徐々に拡大し、円の中心が晴人の顔と蒼木さんの顔の間になり、今度はだんだんと円を描く波が止み、静かな水面を作る。これは、
「水鏡」
蒼木さんの激しい光が晴人に届く前に水に吸収される。加えて、周囲の光が水に反射し、蒼木さんを襲う。まさに鏡。蒼木さんへの対抗策だ。
「考えたわね。それにそれだけの技術もなかなかなもの。でも、私にこの程度の光ではスキは生まれないわよ」
言葉の通り、蒼木さんはかなり余裕に見える。水鏡に大きく力を消費している晴人と違い、蒼木さんはおそらく発行させたまま攻撃できるはずだ。それでこそ、光の力が最大限生きるというもの。動き回れば、今のようにしのげなくなる。それに、水鏡の完成を待っていたことからも晴人の力量を図っていたということが分かる。
「それでも、やっと一つは防げましたよ。一つ防げれば、次は二つ目、そうやって強くなる」
「それでこそ、私の見込んだ生徒。勝負をした甲斐があったわ。俊くんもいい作戦だった。本当は二人共期待以上だった。きっとあなたたちは強くなれる。だから、今は安心して負けて。次で決めるから」