2度目の発現と初実戦
「それじゃあ、まずは俺から」
そう言って、一歩前に出ると腰に据えていた刀を抜いた。真っ白な刀身の柄から力を込めると太刀が赤く輝いた。さらに集中すると、徐々に光から実体を持った火が生まれた。初めての発現では、生まれなかった力だったが、刀からあふれる火を見ていると自分自身と通じるものを感じ、汗を拭いながら宣言した。
「この火が、俺の発現能力です」
「とても綺麗な炎ね。暖かい光を感じる。でも、然者としてはまだまだね。発現までのスピードもそうだし、なによりそんなに集中して、その程度の力では、能力で戦えないわよ。もっと、身近に発現できるようにならないと」
太刀に残る火を払い、刀を収めた俺と交代で今度は晴人が前に出て、刀を抜いた。晴人が目を閉じて、集中すると薙刀の長い刀身が青白く、短く発光した直後に水が湧きでて、晴人の振りに合わせて、雨が降り注いだ。
「これが僕の発現能力です」
やはり、初めての発現とは比較にならない能力を見せ、自信を持つ晴人を蒼木さんは俺のときとは対象的に、暫し黙り込んだ後に指摘を始めた。
「俊くんにも言ったけど、発現までの時間はまだまだね。それに、集中する時に目を閉じるのが癖なのでしょうけど、そんな隙は試合中になかなかないわ。でも、自分の力を把握するスピードと、能力を最大限に使う工夫は見事だわ」
「色々言ったけど、聞いてたより発現能力が高いみたいね。小学6年生の時に一度だけ発現したってことはそれからの3年でノーツが身体に馴んだってとこかしら」
「ノーツって、身体に馴染むとかそういうものなんですか?」
「ノーツと輝石の反応のイメージが意識に強く結びついていくっていう風なものかな。一度発現を経験して、それから日常でも発現の妄想を繰り返すことと、身体の成長によって前よりも大きな力を発現できるようになったのね」
「そう言われるとなんだか恥ずかしいですけど、確かに授業中とかよく妄想してましたね」
「でも、ノーツって身体の成長で増えるんですか?そんな話は聞いたことがないんですが」
「身体の一部である以上、そりゃあ増えると思うわ。確かにそんな確証もないし、そもそも人によってノーツの量も違うんだから成長によって変化するものではないって意見もあるからあんまり話が広まらないんだけど、私は成長で増える方が自然と思ってるわ。ノーツが増えると一度に発現できる力が大きくなるっていう分、そう思う方が頑張れるしね」
晴人には、暖かい言葉を茶目っ気を入れて話したが、俺の方には、冷ややかな視線を向けると、
「学校の授業はちゃんと受けといた方が身のためよ。然者になるから勉強しなくてもいいなんて、私の前で言うなら私が優しく勉強見てあげるから。いつでも言って」
とのことだった。
「もちろん、勉強はいいなんて思ってませんよ。蒼木さんにもいつか教えてもらおうかなぁ」
「まぁ、良いわ。私には関係ないし。特訓に戻りましょう。少し時間を食っちゃったからこれからお昼休憩まで発現しっぱなしでいてね」
「発現しっぱなしって、今から3時間能力出しっぱなしですか?」
裏庭から見える蒼木さん宅の部屋の時計の針は午前9時を指している。蒼木さんは「もちろん。全力でね」と、俺のセリフを肯定すると「早速はじめ」っと続けた。
「どうしてもきつくなったら辞めても良いけど、能力が出なかった秒数だけお昼ご飯のレベルが落ちるからそのつもりで、能力を枯らしてね」
そして、地獄の3時間が始まった。
基礎能力の特訓は、今日のところ座学がメインだった。座学といっても、立ちっぱなしの発現しっぱなしなのだが。蒼木さんが能力の使い方や、確認されている能力の種類なんかを丁寧に説明してくれた。蒼木さんの授業は分かりやすく、能力メインの試合スタイルや、能力の便利な小技みたいなものも教えてくれた。その間俺達の苦しい場面は何度も来たが、本当に大事なところの説明や、発現の練習のときは蒼木さんが俺達の発現を一度止めてくれたため思ったより発現できない時間は少なかった。
「っとまぁ、この辺りで午前の特訓は終わりかしら。ちょうどもうすぐ12時になるし。それじゃあ、注目の結果発表〜」
「結果発表って、なんかありました?」
俺のわざとらしい横槍は蒼木さんの笑顔と共に軽く無視された。
「結果発表。能力発現ができなかった時間は、晴人くんが30分。俊くんが40分くらいね。お昼ご飯をお楽しみに」
そうして、俺達はお昼ご飯に蒼木さんの家のリビングに向かった。
お昼ご飯はなんだかんだきちんと用意してくれた。おかずの量は蒼木さんより少し少なかったのは良いのだが、俺にだけ蒼木さんの当たりがきつかった感が気になるが。授業聞いてなかった発言がまだ尾を引いているのだろうか。然者は勉強しないとか、その辺が蒼木さんが教師を目指す原動力なのだろうか。まぁ、蒼木さんのこんな風な可愛らしい所は特訓中は見られなかった分、楽しんでおこう。
そんなこんなでお昼休憩はあっという間に終わり、午後の特訓が始まった。
「朝も言った通り、午後は実戦の特訓です。さっきまでの特訓を見た感じ、2人の発現の力量はほとんど変わらないみたいだし、最初は俊くんと晴人くんで試合してみよう!」
午後の特訓、裏庭での開口一番、蒼木さんはそう切り出した。晴人との実戦。今まで何度もイメージしてきた実戦での相手だ。他に然者を目指す知り合いは学校に何人もいたが、一緒に暮しているようなものである晴人ほど、イメージに足る人がいなかった。そんな相手との実戦。初めての実戦には申し分ない。
戸惑いながらもやる気になったのは俺だけでなく、当然、晴人も気合いが入っていた。そんな2人を満足げに、蒼木さんはルール説明を始めた。
「ルールは全国の大会と同じで、相手に一撃入れられた方の勝ち、なんだけど。寸止めでも良いからできるだけ相手に怪我させないようにお願い。これは、今後の大会でもそう。相手はそんなこと考えてないだろうし、然者を目指す枷になるかもしれないけれど、君達にはどうしてもお願いしたいの」
言葉からは蒼木の真剣な思いが伝わってきて、それの難しさよりも信念を感じ、俺達は迷わず頷いた。
「ありがとう。ルールはそれだけよ。厳密には、装備の輝石の配合量の制限とかがあるけど、その辺りは問題なく満たしているから。それじゃあ、早速、実戦いってみよう」
こうして、俺と晴人の初めての実戦が幕を開けた。
フィールドで俺の前に立つ晴人と向き合い、俺達は軽く笑っていた。
「いよいよだな。全力でいくぜ」
「もちろんだよ。せっかくの初戦だし、僕も本気でやってみるよ」
「ジャッジは私がします。それじゃあ、はじめ」
蒼木さんの合図で俺達はほぼ同時に抜刀した。午前の特訓もあり、ずっと発現していられる力はまだない。狙うならインパクトのタイミングに合わせるか。
俺は晴人に向かいダッシュで距離を詰め、左脚から右上へ最初の剣戟と発現の気を伺う。
その刹那、身体の正面に携えていた晴人の薙刀から水が発現し、俺の視界から晴人が消えた。構わず、ダッシュスピードを上げ、発現しながら火を纏った剣戟を水面に打ちつけた。水と火により、水蒸気が発生し、俺の視界がさらに塞がる。水蒸気を振り払おうと右腕を右上に突き上げた体制から太刀を振り下ろす瞬間、背後から晴人の気配を感じ、咄嗟に前に跳躍し、晴人の剣を躱した。
「まんまと誘い込まれたってか」
「俊の性格はよく分かってるつもりだから。それに輝石を使った試合なんだし。それらしい試合をしないと」
つまりは、現象を直接攻撃以外にも、むしろそっちをメインに使ったってことか。蒼木さんの教えを早速生かしている。やっぱり俺にとっては手強い相手だ。だが、現象を思い切り使えないのは晴人も同じはず。
再び、晴人と向き直ると攻め方を組み立てつつ睨み合った。
先に動いたのは晴人だ。作戦をたてる思考が止まる。身体の横に薙刀を構え、接近してくる晴人に対し、俺も太刀を構え、迎え撃つもリーチは晴人の方が長い。
それならば、と刀をさらに深く構え、晴人の接近を待つ。晴人の薙刀の間合いに入った瞬間、俺は火を発現した。残り少ない発現能力を思い切り使い、晴人の剣戟よりも速く、太刀から勢いよく生まれた火の爆発力とタイミングを合わせた跳躍で低い体勢で間合いを詰め、一気に刀を振り払う。
刀の切っ先が晴人の右足に触れる直前、晴人の姿勢が崩れた。狙っていた右足が少し、遠のく。だが、まだだ。まだ、いける。そう言って刀を払い切るも届かない。振り切りながら身体も振られ、倒れるまでの間、見上げた先では、薙刀が勢いよく水を放出していた。
太刀が入る瞬間、不意を突かれながらも剣戟から切り替え、薙刀の切っ先を俺の背後に向け、水を放った反動で身体を強引に後ろに倒したのか。さらに薙刀を右に倒すことで、身体を左に倒していく。
そのまま2人とも勢いよく倒れた。さっきの間合いを詰めた全力の一撃で俺の発現能力は残ってない。立ち上がってから攻めて来ない晴人を見るに、晴人も同じく、発現能力が残ってないのだろう。
ここからどう攻めるか。俺達が思考している中、
「そこまで、両者引き分け」
と突然のジャッジが下った。
「ここまでですか?」
「引き分けですか?」
「そう。2人とも力は出し切ったでしょう。これ以上やっても基本戦術のバリエーションがないと泥試合よ。実際の大会でもたまにあるけど、地獄よ。どうしても決着をつけたいって言うなら止めないけど、私に言わせれば、試合中に発現できなくなった時点で然者失格ね。どう、まだ続ける?」
今までで最大の蒼木さんの毒舌の後に続ける選択肢は俺にも晴人にもなかった。なんだか、ここで終わらせるように誘導された風にも感じたが。確かに蒼木さんの言う通り、試合中に発現能力を出し切ってしまってはダメだ。
「まぁ、まだなにも教えてないんだし、基本戦術がないのも、発現に頼った戦術になるもの当然なんだけどね。でも、私としては大きな戦闘スタイルはとって欲しくないのよね。午前中に発現し切って、すぐ試合にしたのもそのせいだし。だから、然者失格ってのも今回に関してはあんまり気にしないで。どうせ勝つならスマートにってのが私のスタイルで、君達にもできるならそうあって欲しい。その方が事故も少ないから。ひとまず、初戦お疲れ様。ナイスファイトだったよ」