中華街の奔走
東京駅から横浜駅へ向かう道すがら、俺は父さんにある疑問をぶつけた。
「輝石の調査は、然者しかできないのになんで家にあんな輝石があったんだ?」
「もちろん輝石を探してきたからだ」
相変わらずの鬱陶しい笑顔でそんなことを言ってきた。輝石の調査は然者の特権だ。それなのに父さんが輝石を探したってことは。
「家庭菜園が収入源じゃなかったのかよ。騙しやがって」
「あんなちっこい菜園で子ども育てられると思ってんのか。子育て舐めんな」
ため息とともに俺の口から放たれた非難をさらりと流して、父さんは尚も笑っている。こんな父さんだから家のトマトも毎年実ってくれるのかと現実逃避に浸っているうちに電車は横浜駅に到着した。
「やっと着いたー」
電車の中でやさぐれた俺とは対照的に、車窓の景色を楽しんでいた晴人はやけに開放的に見える。中学の修学旅行以来旅行というものを体験していなかったからかテンションが上がっているのだろう。そんな親友を見ていると俺のテンションも上がってくるから不思議だ。
「さっそく、横浜スタジアムに行こうぜ」
「まぁ、待て。大会は来週だから、今から行っても今日のナイターしか見れないぞ。それよりせっかく横浜に来たんだからまずはやっぱりあそこだろ」
「中華街ー」
父さんの問いかけに晴人が元気よく答える。
こいつら一体何しに来たんだ。
大会が近づいているのに緊張感がかけらもない2人の連れに呆れながらも自分自身の頬の赤らみを感じた。
「野球は日本の伝統的スポーツだからやっぱ、見たいじゃん」
少々苦しい言い訳を口にしながらも、中華街へ向けて歩き出した。
時計の針が揃って12を指した頃、俺達は中華街の真っ只中にいた。肉まんを片手に次は何食べようか話している父さんと親友の後ろに張り付きながら、肉まんの美味さを思い出していると、一軒の店の前に来ていた。
「今日はここで昼食にしよう」
「もうすでにお腹いっぱいなんですけど」
「もぉ〜。だらしないよ、俊」
2時間程中華街を食べ歩いた挙句そんな言葉を口にできる晴人の食欲に驚きながらも、横浜に来た当初の目的を思い出した俺は少しの緊張と興奮に包まれた。
横浜にいるの会わせたい人。
東京を発つまでは期待していなかったが、横浜行きの電車での衝撃の発覚から期待せずにいられなくなった。現役然者の知り合い。その人もまた、然者なのかそれとも違うのかは分からないが、間違いなく良い出会いになるはずだ。
「いらっしゃいませー。何名様ですか」
「待ち合わせなんですけど、あっ、あの席です」
父さんの指差した先には、艶やかな白髪に活気ある店内には似合わない不機嫌を全面に押し出した女性がいた。歳は20歳くらいだろうか?っていうか、さっきまで笑顔だったよね、あの人。
「変わりばえないようで安心しました」
「すみません。遅刻して。僕がはしゃいでしまって、12時の約束でした?」
「11時です」
どう見ても安心とは別種の感情に見える彼女に戸惑いながらも、空気を変えようと真面目な親友が試みるも眼前の女性の表情は変わらなかった。
なんで、中華街に着いてすぐ来なかったんだよ、と憤怒の形相で被疑者兼引率の大人を見るも、すまん、すまんと笑うだけだった。
「まぁ、期待してなかったけど、それよりあなたの子どもって」
「あぁ、こっちの黒髪が俺の子の夏川俊、でこの茶髪が白沢晴人」
「どうも、夏川俊です」
「白沢晴人です。こんにちは」
「はじめまして。蒼木凛です。俊くん、晴人くんよろしくね」
「はっ、はい。よろしくお願いします」
先程までと打って変わって笑顔を見せてくれた蒼木さんにドギマギしながらもなんとか返事できた、はずだ。そんな俺に茶々を入れてきたのはいつもの鼻に付く笑顔の男だった。
「な〜に、照れてんだよ」
「別に照れてなんかねーよ」
「無理すんなって」
「こんな男と一緒なんて可哀想ね。一体、いつになったら時間通りに会えるか」
「ほんと、すまなかった。この通り」
頭を下げ、手を合わせながらもはや聞き慣れた謝意を述べる父親の姿がそこにはあった。そのポーズに効果はあるのか、と残念な親に心の中で語りかけるが蒼木さんは想像よりもずっと優しく、父さんのことを理解しているようだった。
「もう、いいわよ。それよりお昼にしましょう。1時間以上も待たされたからお腹空いちゃった」
照れたように笑う彼女の言葉に再び嫌な予感がしたのも束の間、父さんの威勢のいい声が店に響いた。
「おう、飯にするか」
「父さん、俺、もう」
「まさか、もう食べてきてなんかないわよね」
お腹をさすりながら合図するも、その願いは女神の笑顔に打ち砕かれた。
「いやーよく食べた」
「うぅ、死にそう」
両極端の感想を述べた俺と親友は蒼木さんと一足先に今日の宿泊先へ向かっていた。
もう一人の連れ、せっかく得た威厳もすっかりなくなった父さんは、昼飯の金額に絶句した後、蒼木さんの用意してくれたチケットを手に横浜スタジアムに向かった。
「ったく、中華街舐めんなっての。お父さんとは、夜にでも合流しましょう」
楽しそうに父さんの不幸を笑いながらの案内のもと、俺達は横浜郊外まで来ていた。
「あの〜、なんで父さんを先に行かせたんですか」
「ちょっと、君たちと話したくて、ね」
いたずらっぽい笑顔を浮かべた彼女に再びドギマギしながらも、今度はちゃんと話しをしたいと冷静さを取り戻した。
「ふ〜ん。今度は、落ち着いちゃうんだ」
「俺も蒼木さんとちゃんと話しがしたいんで」
してやったり顔で見るも、依然として彼女の余裕は消える気配がない。案外、楽しい人なのだろうが、このままからかわれ続けると、心が持ちそうもない。はやく本題に入るべく、こっちから仕掛けてやる。
「それで、話しって、どんな」
「ちょっと待って、はい、ここ。到着」
どうやら、いつのまにか目的地に到着したらしい。またも、反撃にあった俺を迎えたのは3階建てと思しき白の一軒家だった。
「ここって、蒼木さんの家ですか」
「まさか」
「いや、でも表札が」
晴人の発言にそんな訳ないだろうと思ったが、確かに表札には「蒼木」と書いてあった。
「その通り、私の家です。今は3階建ての家に一人暮らしで、空き部屋がいっぱいあるの。どう、ドキドキしてくれた」
確かに、一人暮らしという響きには惹きつけられたが、ここで迂闊に顔にだす訳にはいかない。
「なんか、悔しい。それで、話っていうのは、君たちが然者を目指すって聞いて、私がちょっと特訓してあげようと思って」
「えっと、特訓ですか」
俺と同じく、彼女の言葉に驚いた晴人が思わず聞き返した。
父さんの紹介ということもあり、何かあると思っていたがまさか特訓だったとは。彼女は、俺や晴人よりも華奢で、戦えるように見えない。戦い方の指導だろうか。失礼だけど、父さんの教えてもらった方が良いように思えるが。
そんな俺の感想は彼女の言葉によって、またもあっさり覆された。
「こう見えても私、現役の然者なのよ。然上会序列1位の蒼木凛が大会までの間、あなたたちの面倒見てあげる。っと、その前に今夜のナイターね。支度したらすぐに行くわよ。達也ももう待ちくたびれてるだろうし」