第1話
「こんな噂知ってる?」
香澄は机と机をくっつけながら二人に問いかけた。
そんな香澄を眺めながら弁当箱を机の上に置き、椅子に腰かけ、真紀は尋ねた。
「えー、今回はどんな噂なの。」
”今回は”
香澄は噂が大好きで昼休みになるといつも目を輝かせながら話していた。
たまに大げさに話を盛ることもあるが、そんな噂話が二人は大好きだった。
彩愛も小さめの弁当箱を開けながら話題に食いついた。
「また恋愛話じゃないでしょうねー。」
昨日、一昨日とクラスの恋愛事情についての話だった。
その噂は一気にクラスに広がり、本人たちの耳にも入ることになった。
それが事実だったらしく、新しくクラス公認のカップルが誕生した。
香澄の噂は事実が多い。いや、
”事実になることが多い”
というべきだろうか。
信じられない噂も香澄が話すと事実になってしまう。
それで先日、冷めきっていた現代文の先生と保健室の先生の恋愛関係も保たれた。
そしてなんと結婚までしてしまったのだ。
そんな香澄の噂、つまらないわけがない。
今日はどんな”予言”が聞けるのだろうか。
「二人、ホラー系大丈夫?」
ハンバーグを何度ももフォークでぶっさすのと合わせて彩愛がコクコクと頷く
「ホラー系大好き!」
彩愛はホラー系が好きすぎて将来はゾンビと結婚すると言い出すほどだ。
だが想像してみろ、ゾンビの子どもを産むんだぞ。
その前にお前もゾンビになるんだぞ。
なんか汚いぞ。
そのハンバーグも。
真紀は対照的な反応を示した。
「ホラー系嫌いじゃないけど……。苦手かな……。けど聞きたいかも。」
香澄は卵焼きをつまんだ箸をこちらに向けた。
落ちないか心配になる。
「ならば話してやろう!」
「わかったから、わかったからとりあえず箸人に向けるな。」
真紀はウィンナーをもぐもぐしながら注意する。
お前も飲み込んでから話そうず。
「ごめんごめん。」
口に卵焼きを放り投げた。
もぐもぐ、ごくん。
それでね、今から話すことは絶対にやってはいけないんだって。
ソースは兄chだからこれは真実よ。
これは『儀式』らしいんだけど、何が目的かはよくわかっていないんだって。
でね、その方法をこれから説明するわね。
まず深夜1時に洗面所の前に立つ。
この時洗面所の電気はつけて、周りは暗くしておいてね。
そして鏡で1分間自分の顔を見つめてね。
1分間立ったら鏡を見つめたまま洗面所の電気を消す。
暗闇に目が慣れてきて鏡に写ったのが自分じゃない誰かで、手を伸ばしてきたら成功。
その手を掴むと願いが叶うらしい。
この儀式が終わって気が付くと朝になっていてなぜか寝室で目を覚ますらしい。
夢のように思えるんだけどハッキリと覚えているんだって。
ちなみに自分の顔が写るか、何も起こらなければ失敗。
そしてタブーが1つだけあって、途中で辞めてしまうこと。
鏡から目をそらしても辞めたとみなされるから注意してね。
誰が写っても目をそらしたりしたらだめ。
香澄はごはんをもぐもぐしながら、口を手で覆って問いかけた。
「でね、今日早速みんなでやってみない?」
軽いノリとは裏腹に二人は見つめあった。
弁当を突っついていた手もとまり、リアルな話に聞き入っていた。
香澄は二人の答えを待つ間も弁当を食べる手を止めていなかった。
ようやく真紀が薄ら笑いを浮かべ重い口を開いた。
「ほんとに、信じてるの?」
香澄は少し眉をピクッと動かした。
そして瞬きをせず真紀を見つめる。
「私が嘘をついているとでも?」
真紀と彩愛はまた見つめあった。
香澄はたまにこのような発言がある。
そのたびに二人で折れてあげるのだ。
「うん、わかった。じゃあやろう。」
彩愛は仕方なく言った。
が、その目は輝いていた。
本当はやりたくてやりたくて仕方がなかったのだ。
なんか裏切られた気分、と真紀は少しムスっとし、グラタンをスプーンで一気にすくった。
「やったあ!じゃあ明日どうだったか報告し合おう!」
まあ、香澄がこんなに笑ってくれるんだったら、と真紀は微笑んだ。
それにしても、
「彩愛って本当に食べるの早いよね。」
香澄が方法を教えているときに全部食べ終えたらしい。
それが気になって真紀は聞いている最中にチラチラ目が行ってしまった。
だから話も途中合っているか自信がない。
「うん!だから香澄ちゃんの話途中合ってるか分かんない。」
右手を頭の後ろに置き下をペロッとさせた。
これが俗にいう「てへぺろ」だ。
うーん、可愛い。
「じゃあ、もう一回説明するから今度は聞いてよ。」
香澄はやれやれとため息をついた。
だがその顔はとても嬉しそうだった。
それほど噂をしたくてしたくてしょうがないのだ。
そういえば同じ話を二度したことはないのだが、今回は初めて二度話す。
それほど面白いと思った噂だったのか。
なんか貴重な体験、なのかな?
得意げに話をしている時にどうしても気になってしまい、真紀は彩愛にひそひそと尋ねた。
「なんでそんなに食べるのに弁当いつも小さいの?」
話の序盤は聞いていただろうと思い質問をした。
すると案の定飽き飽きしていた彩愛が答えを返してくれた。
「今ダイエット中なの。」
「ちょっと!話を!聞いてよ!ねえ!」
香澄は椅子からガタッと立ち上がった。
クラス中の視線がこちらの方へ向けられる。
「わー!ごめんごめん!ちゃんと聞くからー!」
二人は興奮状態の香澄をなんとかなだめた。
何とか座らせ、説明をまた聞いた。
謎の緊張感が漂い、真紀は弁当を食べられずにいた。
彩愛は必死にあくびを隠しているようだった。
「こんな感じかな。」
ちょうどそのとき昼休み終了のチャイムが鳴った。
真紀は弁当の箱を片付けながら立ち上がった。
香澄は机を元の場所に戻そうとしていた。
「もうチャイム鳴っちゃったから私達でやっておくよ!」
香澄だけが三人の中で違うクラスだったので、昼休みになるといつも自分で机を移動させていた。
「ありがとう、じゃあね!」
パパッと教室から出て行った。
そう、これがいつもの昼休み。
「さあ、次の授業も頑張りますか!」
彩愛は一つ背伸びをした。
楽しい会話をして、眠い5時限目と6時限目を乗り越えるための魔法のようなもの。
「そうだね、頑張ろうー!」
それも今日で終わるとは誰が想像しただろうか。
~*~*~*~*~*~*~*~
「ただいまー。」
今日も誰もいないのか、まあ分かりきっていたとため息がこぼれる。
真紀の家は母子家庭で、母が夕方頃から働きに出かけているため、この時間会うことは滅多にない。
分かり切っているのだが、つらい時がたまにある。
アルバイトをしたい旨を伝えてもなかなか許可を与えてくれない。
それだけ親バカなのだ。だからなにもかも自分で背負い込んでしまう。
もっと頼ってもいいのに……。
はぁ……。
自然とため息がこぼれる。
今日はため息してばっかりだなと反省。
テーブルの上にはメモと千円札が置いてある。
『今日も夜いないけどこれでご飯食べてね』
メモをテーブルに戻し、千円札を財布に入れた。
ソファーに腰かけながらテレビのリモコンを手に取った。
電源を付けるとあの電磁波的な音が部屋をこだまする。
また今日も特に見たくもないドラマの再放送をただただ見ていた。
先週からの続きなのでなにをやっているのか全く分かっていなかった。
が、ちょうどいい暇つぶしにはなるかな程度で時間を消費していた。
今日もこんな感じで終わるんだな。
なんかもったいない気がするな。
「ん……」
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
テレビの光がまぶしい。
テレビの光だけじゃ見にくいが、部屋の電気のスイッチを探す。
もう18年も住んでる家だから、間取りはばっちり頭に入っていた。
カチッ
明かりがぱっと広がっていく。
暗い所になれた目が自然と細くなる。
しばらくして部屋を見渡し、背伸びをした。
そしてあの約束に気が付く。
「今何時!?」
壁に掛けられている時計を見るともう12時58分だった。
「あれ1時からだよね!?」
すぐさま部屋から飛び出し洗面所へ向かう。
廊下は真っ暗だったが洗面所までは近いのでそのまま向かう。
すぐさま洗面所の電気をつけ、鏡を見つめる。
そこにはボサボサの髪でぜえぜえと息を漏らしている真紀がいた。
……一分間だっけ?見つめるのって……。
それから真紀は無言でその顔を見つめ続けた。
こいつ何考えてるんだろう。
こいつ何したいんだろう。
こいつ誰なんだろう。
自然とそう思えてくる。
大体一分経っただろうと思い、電気を消すためスイッチに手を伸ばした。
カチッ
その瞬間
何かが私の腕に触れた
驚いて声にならない叫びをあげる。
このまま逃げてしまおうか。
そこで思い出した。
鏡から目をそらしても辞めたとみなされるから注意してね。
誰が写っても目をそらしたりしたらだめ。
そう、これは儀式なのだ。
途中でやめたら何が起きるかわからない。
ふぅ
真紀は決心した。
何があっても目をそらさない。
視界がどんどん暗闇に慣れていく。
暗闇に目が慣れてきて鏡に写ったのが自分じゃない誰かで、手を伸ばしてきたら成功。
その手を掴むと願いが叶うらしい。
そう言っていた。
それなのに、
この場合はどうすればいいのだろう。
『真紀』が写っていて、腕を掴まれている。
この場合は聞いていない。
目がバッチリ合っている。
そらしたらいけない、そらしたらいけない。
真紀はずっと見つめていた。
冷や汗が頬を伝う。
ヒンヤリした手が上がりきった体温を冷ます。
そしてよく鏡の中の『真紀』を見てみると口を動かしている。
『あなたはわたし、わたしはあなた』
~*~*~*~*~*~*~*~
目を開けるとそこはベッドの上だった。
重たい布団を押し上げると、まぶしい太陽が部屋を暖めていた。
昨日のあれは夢だったんだろうかと思う。
そうだ、掴まれた腕は?
かなり強く掴まれたからアザとか……。
なんとも……ない……。
やっぱり昨日のあれは何でもなかったのか?
目覚まし時計で時間を確認するといつも起きるより少し早い時間だった。
も一回寝よう。
~*~*~*~*~*~*~*~
「おはよー」
彩愛が手を振りながら真紀に近づく。
よく見ると目の下にクマができている。
「昨日やったの?」
「うん、やった。」
彩愛はボソッと答えた。
彩愛もきっと何かあったんだ、
まさか、儀式に失敗したとか!?
「ちゃんと手順通りやった?」
「うん、やった。」
またボソッと答える。
絶対なにかやらかしたに違いない。
いつもよりも反応が薄い気がする。
「誰が、鏡に写ったの?」
真紀は前のめりになって彩愛に問いかけた。
少し体をこわばらせてのけ反った彩愛が何かを口にした
「えっと、それは、
「織田さんと堅田さんいる!?」
突然教室のドアから担任の先生が顔を出して二人を呼んだ。
何かとても焦っているようだった。
「はい……いますけど……。」
「すぐに職員室来て!!」
そういうと先生は走って行ってしまった。
二人は顔を合わせた。
彩愛が少し首をかしげた。
嫌な予感がする。
嫌な予感しかしない。
絶対に昨日の噂のことだ。
その予感は的中してしまう。
香澄が亡くなった。