prologue
その日は学校帰りに友達と新しく出来たスイーツ店へと足を運んだ。そこで少しくだらないことをおしゃべりをして、早めに帰ると両親に伝えてあったことを思い出した私は焦るように店を飛びたし、満員電車の中ギュウギュウに詰められながら家の近くの最寄り駅へと降りたことは覚えている
そこから玄関に入って…ダメだ。記憶が曖昧だ
ただ唯一覚えているのが、目の前に黒いマントを顔深くまで被った男がいたことだけだった。
恐怖で声が出ないという意味、その時初めてわかった気がする
彼は私に気が付くと、深く被ったマントの帽子を脱ぎ、私を見つめるや否やニッコリと嬉しそうに微笑み、そっと呟いた
「やっと会えたね。探したよ、僕の愛しの花音」
「…え」
口を開こうとした瞬間、走ってきたにしてはあまりにも早い速度で目の前に来た彼に口元をしっかりと押さえつけられてしまった
驚く暇もなく後ろへと倒れる。頭をぶつけてしまうという恐怖感から思いっきりまぶたを閉じてしまったが、その恐怖は一瞬にして吹き飛んだ
ただそれよりも怖いこの浮遊感、ふわっと、内臓が浮いてしまった時に起こるあのなんとも言えない体の浮く感覚
それと同時に下からの風
私、落ちてる?
「き、きゃあああ!!」
さっきまで家の中にいたのに、なんで!?
私の家の地下には青空なんてものは存在しない
目の前に広がっているのは、ただただ広すぎる空と黒い服を着た笑顔の男だけ
「何、怖いの?花音。もっと再会を喜んで欲しいのにな。」
「喜ぶ…って…あんた…だれ、よ」
あまりに酷い重力が私に降り掛かってくる。そして人一人落ちているのだ。風が体を強く突き刺し、目を開け、口を開ける暇さえもないまま私は落ちていく
頑張ってしゃべろうとしてこの程度だというのに、なぜこの男はこうもスラスラと言葉が出るのだろうか
恐怖がピークに来たのか、私の意識は朦朧としてきた
「俺はクロエ。花音、君のことを誰よりも愛してるただのつまらない男だよ」
そこで私は意識を失った
ただ消えていく意識の中で一瞬だけ
私はなにか赤黒いものを見た気がした
◇◇◇
「…サイナイ区の森林にて少女が倒れているのを発見。検査したところ体温、脈拍、呼吸数に異常なし。外傷も見当たらないが、念のため病院へと運ぶつもりです」
「何でこんなところに可愛い女の子がいるんでしょうね?」
「私語は慎めキト。任務中だぞ」
「はいはーい。全く、真面目だなマリスさんは」
通報を受け、我々警察はここにきた。通報内容としては「女がサイナイ区の森林にて倒れている」というものであった
しかし不思議なことに、通報をしてきた人物は少しの痕跡も残さずに消えてしまっている
よく分からないが、目の前で少女が倒れているのは事実だ
私は彼女の顔に覆いかぶさった前髪を整える
なんとなく分かったのが、彼女はこの世界の人間ではないということ。まず、あまりにも綺麗な漆黒の髪、我らと似てはいるがやはり少し違う顔立ち。きっとNo.0013の国のものだろうと思ったが、なぜその国の人物がここに倒れているのか。その疑問はどれだけ考えようと解決する術を見つけることは出来なかった
そんなことを考えていると、横にいるキトがポキポキと腕を鳴らして、なにやらやる気を出す素振りをしだした
「さて、と。恒例のアレやりますか」
「おいキト。こいつは女だぞ?調べたところで無意味だと思わないのか?」
「だって、つまんないじゃないですか。あの監獄男ばっかなんですよ?本当、可愛い女の子を収容して可愛がってやりたいのに。楽しみなくなりますよ」
「お前、本当に悪趣味だな」
なんとでもご自由に言ってくださいと言いながら彼女の額に触れ、腕につけた媒介から力を使う
沸き立つ風はゆらゆらと彼の周りを優しく包み込むように吹いた
くだらない事をやっているキトは置いておいて、私は自分のすべきことをやろうと後ろを振り向いた時だった
「…マリスさん。これ、信じられますか?」
いつもおちゃらけている彼の声が急におとなしくなり、それは少し震えているように聞こえた
しかし、私にもわかった
後ろを向いていても漂うこの“気”
「この子、女の子ですよね?」
「間違いないはずだ。先ほど確認したからな」
「前代未聞ですね。この数値…。さて、これからどうしますか?」
「ここまでの逸材は中々いない。連れていくぞ」
「やった!初めての、女囚人ちゃんか!」
私はもう一度、腕の媒介を通して先ほど彼女の容態について伝えた“警察のお偉いさん”にもう一度電波を飛ばした
「マリスです。先程の内容ですが、彼女は酔っ払って眠っていた様です。バイタルをもう一度行ったところ、脈拍、呼吸、体温共に少々高めであったため、私の媒介の不具合が起きたのだと思います。彼女は無事に帰宅しましたので、この件については解決いたしました」
そして私は、また新しい囚人を監獄へと連れていくのだ