下品な名で呼ぶな。私はウルだ。
あるとは思われていなかった水の発見から、惑星改良を含めた火星への移住計画が本格化し、有人による綿密な調査が行われることとなった。そして、人類は火星で見つけてはいけないものを見つけてしまった。
それらは”マルス”と呼ばれ、人類に対して牙を向けてきた。
火星を舞台としたSF映画のようにマルスは地球への空間跳躍技術を有し、火星から撤退した人類に地球上で襲い掛かってくる。その姿は様々で、蠍型人間から蜥蜴型人間や蛇型人間など目撃されているだけでも片手では数えきれない。
その大きさも戦隊物の敵が巨大化した大きさのものもあれば、普通の人間と変わらぬ大きさのものまでいる。
外見の異様さを除けばテロも容易に起こせるために、彼らの地球上での活動は派手な破壊活動しかカウントされていないのが現実である。
そんなマルスの侵攻に対し、連邦はマルスという未知の敵に対して世界各地に搭乗型戦闘ロボットを配置することしかできなかった。
連邦の搭乗型戦闘ロボット搭乗者訓練学校は各大陸に一校ずつしかなく、エリートの通う士官学校として認知されている。
アルサイドベロージェはオーストラリア大陸にある搭乗型戦闘ロボット搭乗者訓練学校だった。
アルサイドベロージェという名には何の意味もない。ただの音の集まりである。どの言葉が母国語なのか、それに対する優劣などを徹底的に排除して命名されたのが、どこの国の言葉でもなく、幾つかの国の言葉にも聞こえる音だった。
そして、アルサイドベロージェを一躍有名にしたのは”アルサイドベロージェの奇蹟”とも”6.11”とも呼ばれる、アルサイドベロージェ近郊で行われたマルスの侵攻を学生たちが阻止した事件である。
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自分を庇った親友の搭乗型戦闘ロボットが倒れるのがテイトにはスローモーションで見えていた。
テイトは思わず叫んでいた。
「アルス!」
戦闘中のコックピット内は通信中のために大声を出すことは禁止されている。それはもう、誰も守っていない。
先輩や同級生の叫び声や悲鳴がこだまする中、機体の動く者は地球外からやって来た侵略者と戦い続ける。
自分たちがやらなければ、連邦の搭乗型戦闘ロボットが来るまで多くの人の命が失われるのはわかっていることだからだ。
搭乗型戦闘ロボット搭乗者訓練学校の学生がこうして実戦に出るのは初めての事だった。
通常は連邦の搭乗型戦闘ロボットとの演習などで実務経験を積んでいく。
初の実戦。
それも未熟な学生の身で、教官たちの指導はあるものの、実戦経験は教官たちしかない状況で繰り広げられる一方的な展開に恐慌に陥るなというほうがおかしい状況だった。
倒れている機体で埋め尽くされた地面で、テイトは闇雲に親友の仇へと突っ込んで行く。
立っている仲間のほうが少ない。
倒れた機体の中で生存者がどれくらいいるのかわからない。少しでも生き残っていればいい、そんな思いが戦える状態の機体にいる者たちの思いだった。
「アルスの仇ぃ!」
今から思うと恥ずかしいネーミングをつけた必殺技を繰り出す。その時にもアルスは笑って言うのだ「そんなものを戦闘中に言えると思っているのか?」と。
アルスの言うように実際にはテイトも口にできなかった。
口から出てくるのは感情のままの言葉。
取り繕ったカッコ良いと思う名前なんかではない。
スピードやそれを活かした技術はアルスのほうが得意だった。
テイトは一点集中攻撃を仕掛けるのが好きだった。
多くの学生達を地に沈めてきたスコーピオンも無傷ではない。
テイトは勘のまま、幾度も連続して幅広の剣で斬りつける。
何度も、何度も、スコーピオンからの反撃に遭おうが、テイトは攻撃の手を止めることはなかった。
親友を傷付けられた怒りが全てを凌駕していたのだ。
どんな恐怖も今のテイトの前には無に等しかった。
自分を庇って、倒れたアルス。
アルスが生きているかどうかはわからない。
生きているなら良いが、そうでなかったら?
自分がアルスの代わりに、アルスの行為を無にしないためにできることをするしかない。
テイトが勘任せに行った執念の攻撃は奇跡的にスコーピオンを停止させることができた。
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テイトが負傷者の搬送や、搭乗型戦闘ロボットの回収作業からようやく解放されたのは深夜に近かった。
幸い、アルスの命に別状はなかったが、教官と学生の何人かは命を落とした。
怪我を負った者は多くいる。
命を落としていないだけ幸運だった彼らは身体に後遺症を残しているかもしれいない可能性もある。
苦い勝利だった。
テイトはアルスが収容されている臨時病室と化した体育館へと急ぐ。
と、行き過ぎる校舎の影に気が引かれる。
誰か居るのか?
怪我で身体がまだうまく動かない学生がトイレに立って、戻って来られなかったら大変だ。
それに人と同じ大きさのマルスが活動しているかもしれない。
テイトはそちらに向かう。
人影を追っていくと人が二人立っていた。
一人は学生の怪我人らしく、術衣姿だ。
もう一人は看護で駆りだされたボランティアのようだ。
ボランティアと学生の影が重なる。
学生はボランティアの首筋に顔を埋める。
逢引きに見えたのでテイトは立ち去ろうとしたが、違和感を感じてそれをやめた。
学生の目が光っていなかったか?
見間違いか?
いや、そんな・・・。
振り返ったテイトは学生と目が合う。
その目はぼんやりと光っていた。
マルス?!
学生に擬態していたのか?!
自分一人で人と同じ大きさとはいえ、マルスを対処しなくてはいけないことにテイトは愕然とした。
人と同じ大きさのマルスへの対処についても学生は知識を得ている。
しかし、個人戦は推奨されておらず、集団戦であることを念頭に置かれていた。
自分たちと同じ数がいれば、撤退や民間人の避難を優先することが教本に書かれている。
「なんだ、テイトじゃないか。見つかってしまったな」
その馴染みのある声にテイトの緊張は一気に緩む。
「アルス? 何でこんなところに? 怪我に響くぞ?」
「ああ。思ったよりダメージがあったんで、補給が必要になった」
「補給?」
テイトだとしても年頃だ。
何を言われているのかわからないわけでもない。
それでも、テイトの頭の隅に警鐘が鳴るのだ。
アルスから目を離してはいけない。と。
立ち去る様子のないテイトにアルスはボランティアから無造作に手を離して近寄ってくる。
戦闘後に嗅いでいた鉄臭い独特の臭いがテイトの嗅覚に蘇ってきた。
厭になるな。
テイトは顔を顰める。
「この学校で唯一の友であったお前には見られたくなかったのにな」
アルスは人付き合いを嫌っているタイプだった。
幾つかの分野ではトップに立つだけの能力を有していて、気位も高いことから孤高を貫いていた。
ぼんやりとアルスの光る眼を見ながらテイトは親友のことを思い起こす。
人間の目は光ったりはしない。
「アルス。お前は・・・マルスなのか?」
「マルス? あんなのと一緒にしないでくれ! 火星で支配者であることを選んだ奴らと一緒にされたくはない!」
火星で支配者?
一緒にされたくない?
じゃあ、アルスは一体何なんだ?
人間ではない何か。
マルスに近い何か?
テイトの歯の根は噛み合わない。背筋が寒くなり、熱くもないのに出た汗がそこを伝う。
震える声でテイトは尋ねた。
「じゃあ、お前はなんだ? 何で目が光っているんだ」
アルスは尊大に言った。
「私はウル。大きなダメージを負った時に人間の血を必要とする種族だ」
「吸血鬼?!」
アルスは鼻に皺を寄せて吐き捨てるように言った。
「下品な名で呼ぶな。私はウルだ。――火星の奴らが地球上の人類全ての敵となった今、ウルであろうが、人間であろうが、構わないだろうが」
「ちょっと待ってくれ。アルスは吸血――」
親友から人外告白をうけて混乱しているテイトが思考を纏めようとしているところでアルスは素早く訂正する。
「ウルだ」
「ウルという奴で、人間じゃない・・・」
「ああ。人類皆、兄弟。よろしく頼むぞ」
アルス・・・インドネシア系学生。実はオリジナルのアルスの親友であるウル(他の自称:ウピル。他称:吸血鬼)。既に死亡しているオリジナルのアルスの夢を叶えるべく、在籍している。