異変
「いつも」という言葉があるけれど、そんなことはあり得ないとわたしは知っていた。そんなものは無い。
少しずつ時間とともにずれていき、すべてが異質なものに様変わりする。
昨日やってきた一日が、今日も来るとは限らないのだ。
分かっていた。知っていた。
だけど、それだけだった。
―――それが今日だと、わたしは思っていなかった。
今朝もわたしは森に出た。目が覚めて窓の外を見ると、赤い実をつける背の高い木が目に入ったからだった。
早速その木の実を両手に抱えきれるだけ取ってきて、木の桶に入れた。
井戸で桶が溢れるほどの冷たい水を入れると桶は思わぬ重さになってしまったが、なんとか自分の部屋に運び入れることができた。
階段で転びそうになってしまったことは魔王さまには内緒だ。
「さて!」
わたしは勢いよく袖をまくった。白いシャツは魔王さまのものだ。
魔王さまが胸元の下に結んでくれた黒いリボンのおかげでこ洒落たワンピースのようにさえ見える。元のダボダボのシャツも嫌いではなかったが、こっちの方が好きだ、とわたしは思う。濡らすわけにはいかない。
そっと、桶に片手を差し込む。反射的に背筋が伸びた。
冷たい!なんだこれ!
しかし我慢してもう片方の手も桶に差し込む。しっかりと硬い果実を両手で掴んで氷のように冷たい水の中果実を指の腹でこする。
果実を全て綺麗にしたら魔王さまを起こしに行こう、ちょうどそう思っていた時だった。
「ララ」
ドアの外で低い低いその声がした。
え、と口から音が零れ落ちる。
「魔王さま!起きたのですか!」
「ララ」
だけど声はそれには答えず、もう一度わたしの名前を呼んだ。
わたしをいつも落ち着かせるその声は、しかしその時はわたしの心に波風を立てた。
―――ねぇ、魔王さま。
「いいと言うまで、部屋から出るな」
―――どうして部屋に入ってこないの?
「…どう、して」
そんなことを言われたのは初めてだった。
驚いて、魔王さまの姿も見えないのにドアの方を振り向いた。
そして魔王さまは淡々と言った。
「勇者が来た」
喉の奥がヒュッと鳴った。
遅れて言葉を頭が理解していく。
ゆうしゃ、ゆうしゃ。それって。魔王さまを。
ころ、しに、
「ッわ、わた、しも…ッ!」
わたしも行く!わたしが行きます!
本当はそう叫びたかった。だけど上手く喉が動かなかった。
だけど今の叫びは魔王さまにだって聞こえたはずだ。
それなのに。
「絶対に、だ」
魔王さまはより低い声でそう念押しをして階段を下りて行った。
とんとん、といつもと同じ音が聞こえる。
いつも通りなのに。
―――この音をわたしはもう一度聞けるのだろうか。
わたしは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。




