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出来立て

 滴る蜜にも細心の注意を払いながらわたしは慎重に食器に飴色に煮えた果実を載せていく。


「ふぅ…」


 お皿は全部で三つ。魔王さまとわたしとエジックさんだ。やっぱりあったかい出来立てを食べてほしくて、屋敷に入ってすぐに食器を引っ張り出してきた。盛り付けが終わると、バランスに注意しながら階段をのぼっていく。魔王さまの部屋で二人が喋っている声がする。


「魔王さま」


 ノックも出来なくてドアの前でそう声をかけると、出てきたのはエジックさんだった。魔王さまの部屋だからどうしても違和感があるな。


「わ、おいしそうだね」


 すぐにわたしの抱えるお皿に気付いて、エジックさんは大きくドアを開いてくれた。魔王さまは静かに椅子に座っている。


「よかったら食べてください」


「え、僕までいいの?なんか悪いなぁ。部屋まで持ってきてくれるなんて優しいね、ララちゃん」


 お皿を手渡すとエジックさんは嬉しそうに顔を崩した。…この人、笑うと目尻に皺ができるんだな。だから優しい顔に見えるんだ。


「いえ、出来立てを食べてほしくて」


 魔王さまにもお皿を渡す。一番盛り付けが綺麗にできたお皿ということは秘密だ。早速食べ始めたエジックさんはおいしいおいしいと連呼して頬を緩ませている。わたしもお皿に手を伸ばし、ひとかけら口に運ぶ。


「……」


 広がる甘みは濃厚でとろみがあって、なつかしいあの味だ。あたたかく優しい味が口内で溶けていく。


「おいしーね!ほっとする」


 甘みを噛みしめるエジックさんは子供のようにニコニコしている。こうして笑っていると毒気もなく天使みたいだ。少し可愛いかもしれない。こんなに褒めてもらえると悪い気はしないものだ。…魔王さまは、どうだったかな。ちらっと様子を伺うと視線に気づいた魔王さまが手を伸ばしてくる。


「……」


 ぶっきらぼうに頭の上に置かれてすぐに離れていく冷たい手だったけれど、それだけでわたしの内側は春の陽気で満たされた。…十分だ、作ってよかった。お皿は三つともすぐに空になった。


「そういえば、どこか空き部屋ない?」


 一番に食べ終わったのはエジックさんだった。


「好きに使え」


 二番目は魔王さま。二人の会話はどこか気安い気がする。やっぱり仲いいのかな。エジックさんはうーんと困った顔で唸る。


「ララちゃんは部屋どこなの?」


「わたしですか? この階の一番端っこです、東側の」


「その隣って空いてる?」


「空いてますけど…」


「じゃあ、僕そこがいいな」


 首をかしげて微笑むエジックさんは有無を言わさぬ雰囲気だ。魔王さまとそんなに年が離れていなさそうなのに、こういう仕草が似あうあたり、さすがエジックさんというべきか。


「お皿運ぶの手伝うよー」


「あ、ありがとうございます」


 お皿を持って軽足取りで部屋を出ていくエジックさんを慌てて追いかける。部屋を出る直前に魔王さまを見たけれどもう視線は合わなかった。


「よかったね」


 ドアを閉めると背後から優しい声が降ってきた。ああ、この人もなかなか背が高い。


「なにがですか?」


「『出来立てを食べてほし』かったのは、ユーリでしょ?」


 壁にもたれて見下ろしてくるエジックさんに絶句する。優しい笑顔は崩れない。わたしはそれには答えずゆっくり廊下を歩き始めた。


「………名前も、知りませんでした」


「あはは、そんなことでへこまなくても」


 軽く笑うエジックさんに、わたしはあるドアの前でピタッと止まってからくるりと振り返った。首をかしげる姿が妙に似合う。


「お皿、わたし下で洗ってきます。もう重ねられますし。エジックさんの部屋はここです」


「そう?じゃあ頼むね。教えてくれてありがとう」


 ひとつ笑い返してから踵をかえす。


 “そんなことでへこまなくても”


 ―――“そんなこと”じゃ、ない。全然ちがう。


「…………」


 その夜、わたしは魔王さまの部屋を訪ねた。





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