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不器用


「わたしは魔王さまを殺せません。勇者失格です」


 魔王さまがぼやぼや歪む。わたしは泣き虫なのかもしれない。


「わたしを敵に、しないでください」


 泣きながらもわたしは魔王さまの目を見てはっきりそう言った。もう目は逸らさない。わたしはこの人を失う怖さを知ってしまった。いつもは軽々とわたしを抱え上げてしまう魔王さまが血を流す姿、止まらないぬるい血、体の芯から震えるような恐怖。あんな思いは二度としたくない。好きだ、好きだ、この人がどうしても好きだ。


 ―――こんな気持ち、気付きたくなかった。


 嫉妬もするし、やたらと涙が溢れるし、なによりわたしは弱くなった。魔王さまに勇者という事実を突き付けられただけで、ここまで自分が傷つくとは思わなかった。だけど「出るな」と言われていた部屋の中で、わたしは避け続けていた壁と真正面からぶつかった。行き着く答えなんて、本当はとうに知っていたのだ。そんな希望みたいなもの、今更抱きたくなんかなかっただけなのだ。


「ララ」


「…はい」


「お前のようなおかしな勇者は初めてだ」


 泣いて訴えるわたしに、だけど魔王さまは大きく息をついた。椅子の肘置きに右肘をつく。…この人のテンションはよくわからないけど、なんだか呆れられているのは伝わってきた。


「お、おかしくないです…」


 ぐっと見上げて反抗するも、さらに大きなため息をつかれる。なんなんだろう、腹が立ってきた。今日の魔王さまは怪我人のくせに好戦的だ。ふと、魔王さまが顎のあたりを肘をついた手で支えながら目を逸らした。


「…お前は、毎朝起こしに来るな」


「? はい。やっぱり怒ってます?」


 どうでもいいけど話題がずれている。…目も逸らされてしまったし、やっぱりわたしは魔王さまにとって敵でしかないのだろうか。魔王さまは質問には答えずに続ける。いつもに比べるとだいぶ饒舌だ。


「お前が来なかった日…外で倒れているのを見た時は、肝が冷えた」


 すぐにいつの話をしているのか分かった。わたしが朝焼け色の花を摘もうとして失敗し気絶してしまった日だ。言葉がほぐれて、じんわりわたしの中に染みる。魔王さまは聞き入るわたしを一瞥してから、また迷うように言葉を紡ぎ始めた。…?なんだろう。


「お前はすぐそこらじゅうで倒れている」


「…うー」


 目を逸らすのはわたしの番だった。なんとも身も蓋もない言いぐさだが、倒れるたびベッドに運んでもらっているだけに何も言えない。


「ここへ初めて来た時も倒れた。………戦意喪失した奴を敵と見なすほど落ちぶれていない」


「…魔王、さま」


 ねぇ、それって。


「…部屋から出るなと言ったのは、戦いが危険だからだ。敵の…心配などしない。………そろそろ、分かったか」


「ま、おう、さまぁ…っ!」


 顔をくしゃりと歪ませて再び泣き出すわたしに、魔王さまもまた息をついた。


「…お前は察しが悪い」


「まっ、魔王さまが分かりにくいんですっ」


「………ああ」


「魔王さまの口下手っ!」


「………」


「いつも乱暴に抱え上げるし!」


「…もうしない」


「嫌とは言ってませんっ!」


「………」


「ケーキの感想くれないし!」


「…おいしかった」


「遅い!まぁまた作りますけど!」


「ああ」


「…ふふっ、よかったぁ」


 わたしは安心して、力が抜けたように笑った。怒っていたわたしが突然嬉しそうに笑い出したため少し魔王さまが驚いている。ずっと不愛想な無表情に見えるが、いつの間にかそんな微かな表情の機微にも気付けるようになった。周りがいつの間にか薄暗くなっていることに気付いて、わたしは燭台に火の魔術で明かりをつけた。


「…力加減ができなくて、マッチ使えないんです。魔王さまってポーカーフェイスってわけでは無いですよね」


「………」


「分かるようになって、嬉しいです」


 そう笑えば魔王さまはふいっとまた目を逸らした。わたしが声を出して笑うと、眉根を寄せて機嫌が悪そうにする。ああ、可笑しい。拗ねさせてしまったかもしれないな。


「…眠る」


「はい、はやく傷なおしてくださいね」


 わたしはすぐに腰を上げた。しかしドアの前あたりまで行ったところで「ララ」と声がかけられた。


「はい?」


「明日も起こしに来い」


 わたしはまた笑って力いっぱい頷いた。“殺さない”と“敵じゃない”なんて不器用な言葉でしか傍にいる状態を形容できないわたしたちには、それで十分だった。








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