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 静かにドアを開けて、そこから三歩のところでピタッと止まる。そしたらわたしは動けなくなる。


 ―――いやだなぁ。


 陶器のような肌も、長い睫も、冷艶な長髪も、スラリと伸びた長い手足も、何もかもいやだ。目の前で眠る人は作り物のように美しいけれど、作り物より断然美しい。だけどよく出来すぎた人形みたいだ。生きていないみたいだ。わたしは知っているのに。この人の静かな声、機嫌が悪い時の声、表情、ほんとは力持ちなこと、寝坊助なこと。


 魔王さまに腕を伸ばす。


 もし、と仮定する。この人の外見が醜悪ならば、と。それでもこの人はわたしを殺さず部屋をくれて、名前を呼んでくれるんじゃないだろうか。冷たい石畳の上からやわらかいベッドの上へ運んでくれるんじゃないだろうか。不器用なやさしさで、リボンを結んでくれるんじゃないだろうか。


「……」


 腕をだらんと下ろす。


 それならわたしは変わらず毎朝起こしにくるよ。


「魔王さま」


 頭の中で赤が弾ける。殺したお父さん。抱きしめて殺してしまったお父さん。お父さんが殺せと言ったこの人をだけどわたしは。


「おはようございます」


 この人だけは、抱きしめたくないなぁ。


「…ララ」


「はい?」


「どうした」


 いつもならもう一度目を瞑るのに、その日の魔王さまはわたしを真っ直ぐに見据えた。


「…どうもしませんよ?」


 わたしはへらっと笑ったが、魔王さまは納得しなかった。さらに眉間に皺を寄せるその姿に、結構表情豊かだよなぁと呑気に考える。


「嘘だな」


 魔王さまは断言した。力強い視線が睨むようにわたしの瞳の中心を覗いてくる。どこまでも真っ直ぐの視線に少しだけ怯んでしまう。


 ―――ああ、本当にいやだなぁ。


「…魔王さま、わたし…ケーキ、作ろうと、思って。わたしがケーキを作ったら、魔王さまは食べてくれますか?」


「…ああ」


「ほんとですか、じゃあ頑張って作りますね。明日にでも、一緒に食べましょう」


「わかった」


「ふふ、約束です」


 わたしは笑って部屋を出た。最後まで魔王さまの視線を感じた。でまかせも確実にばれているだろう。だけど魔王さまにケーキを作ろうと思っていたのは本当だ。それに、それに嘘なんかじゃない。どうもしないのだ。ただ、気になってしまっただけだ。階段を下りながらシャツの袖を握りしめる。


 もらったシャツを魔王さまに見せる前、わたしは自分が子供に見えないかを気にした。魔王さまの姿が見目麗しい青年だったからだ。魔力を持つ者は寿命が長い。魔族の長である魔王さまならば尚更だろう。きっと見た目よりかはずっと長く生きているはずなのだ。未来も長いだろう。わたしも魔力を持つ分長寿ではあるが所詮人族、魔族には到底適わない。


 ―――それなら、わたしが死んだ未来で。


 見ず知らずの勇者であるわたしを殺さず部屋まで与える魔王さまのことだ。きっとこれから色んな人が魔王さまに優しくされるんじゃないだろうか。


「はぁ…」


 この屋敷に来てから、考え事ばかりだ。ただ心を殺して耐えればいいような単純なものが何ひとつない。あの不愛想な魔王さまが訳も分からずひたすら優しくしてくれるせいだ。


「いや、だなぁ…」


 そうだ、いやなのだ。自分のいない世界で魔王さまがわたしにするように誰かに優しくすることが、たまらなくいやだ。

 しかも問題の魔王さまはあんな外見だ、人を必要以上に惹きつけるに違いない。きっと皆が魔王さまから離れられなくなる。そして魔王さまも優しくするんだろう。その人にもリボンを結んで、元気がなければさっきみたいに気遣ってやるのかもしれない。…想像すらしたくない。


 わたしは屋敷の外に出て、まわりの木をぐるりと見回した。熟れている果実があれば風の魔術で収穫する。


「………」


 魔王さまが、もっと醜ければよかったのに。それでも、わたしは魔王さまから離れられないのに。あの人から離れられない唯一になれたらよかったのに、な。…なんて、醜い考えだなぁ、わたし。


 ―――こんな気持ち、消えてしまえ。


 今はとにかく、魔王さまにおいしいケーキを作ろう。喜んでもらえる素敵なケーキを作ろう。わたしはせっせと果実を集め始めた。何切れ食べてくれるだろう、そんなことを考えながら。




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