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理由

 人間は魔力を持たない。人間は武器で戦うのだ。あの炭鉱の名残がある町では尚更その風潮が強かったと遠い東の故郷を思い出す。


“治癒魔術だろう”


 魔王さまの言葉で強張った顔の筋肉が弛緩するように感じた。何かあるはずの無い糸がぷつりと切れたようだった。諦めに似ている。


「…わたしは、花が摘めません」


 口をついて出た言葉は自分でも驚くほど静かだった。唐突なその話題にしかし魔王さまは「ああ」と返事をしてくれる。


「花が摘めないのに、果実なんてとってこれる訳がありません」


 手元に残る果実に視線を落とす。みずみずしい手の中の果実。わたしを三人ほど縦に並べたほどの背の高い木になる。


―――ふいにその果実が手から離れ、風に乗るようにして魔王さまの手の中にすとんと着地した。しかしここは魔王さまの部屋の中で、窓もちゃんと締め切っている。


 向き合う夜空にわたしはにっこり笑って見せた。


「だけど治癒の魔術は、使う気がありませんでした」


「…なぜだ」


「効かないからです」


 はっきりと言うわたしに、魔王さまは眉を寄せた。現にわたしは彼の傷を治癒してしまったのだから。怪訝そうな魔王さまに苦笑いする。


「効かなかったんです」


 なんだか自分の中身が広い空地のように感じた。そこに一陣の風が吹く。残るのは空虚感だけだ。


「…手を伸ばしたんです。そしたらグシャって、潰れちゃいました。わたし、殺しちゃいました」


「……誰をだ」


「おとうさん」


 そこで魔王さまは顔を歪めた。そんな魔王さまにわたしは微笑んだ。わたしのケーキを食べてくれた魔王さまだと思った。


「治癒の魔術も使いました。でも、肉の塊が膨らんで爆ぜただけでした。…もう、治癒は、使いたくなかった」


 ただ淡々と音を吐き出していった。顔の筋肉が力を失う。頭の中で、頭蓋骨に穴をあけたお父さんがブクブク膨らんでは派手に赤を撒き散らして爆発した。


「魔王さまがそうならなくて、よかったです」


 こんな風に笑うわたしは、気味が悪いだろうか。


 きっかけは小さな抱擁だったのだ。お父さんは昼夜問わずわたしの腕を切ったり閉じたりしたし、わたしはお父さんの憎しみをそうやって受け入れることでしか慰めることができなかった。

 怖かったけれど、目を覚ました時に生を実感してはお父さんに腕を回す時間はわたしのたった一つの幸福だった。

 

 ある朝気が付けば、わたしは花を摘むことも、誰かを抱擁することも、相手の死を無くしては成り立たない腕になっていて、それに気付いたのは皮肉にもわたしの唯一の幸福の時間だった。それだけだ。


 ぽつぽつと零れ落ちる言葉を何も言わずに聞いていた魔王さまに目を向けると、向こうもこっちを見ていて目が合ってしまった。


「なぜ、ここへ来た」


「…お父さんが、魔王さまを殺せって言ったから。あの人の言葉、それしか覚えていなかったから」


 風にのってやってきたのは、遠い西の国の魔王を倒せば英雄になれるというひとつの噂だった。魔族の血が薄く混じったものにはわたしのように魔術を使えるものも稀にいて、それゆえ忌み嫌われ差別を受けた。いつからかお父さんは狂ったように力を求めた。


「ならば、なぜ、殺さない。なぜ治癒までした」


 その質問に、わたしはふふっと笑った。なぜか目頭が熱くなって、痺れる心地さえした。


......


 わたしは初めてここに来た日に艶やかな群青を見て、なんて綺麗なんだろうと思った。にへらと笑って紡いだのは力のない音だった。


「はじめまして、わたしはララです。勇者です」


 ボロボロの体は次の言葉を吐いてから倒れた。


「殺してください、もう疲れました」


......


「じゃあ魔王さまはどうしてあの時わたしを殺さなかったのですか?」


「……」


「わたしは、殺してくださいと言ったのに」


 初めて屋敷に来た日、目を覚ますとベッドの上にいた。二階の東の部屋だった。


「わたしは」


 そこでわたしは言葉を切った。熱いものが頬をすべっていった。


「魔王さまを殺せません。勇者失格です。」


 視線は夜色から離さなかった。どうか、どうか、伝わりますように。


「わたしを敵に、しないでください」


 好きな人に拒否されるのは悲しい。

泣く理由なんてそんなものだと思う。




 

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