6,Sick bay
6,Sick bay
I'm sick
of hearing about that.
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「あら、おかえり。」
優しい母の笑顔。
「少し大きくなったんじゃないのか。」
父は堅物そうな無表情のまま、私の額に掌を置いた。やけに、リアルな感触。
急に視界が変わる。ぼんやりとぼやけていた象牙色が、それぞれの輪郭を隔てる。
「大丈夫ですか。」
「…――藤堂さん。」
掌の主は藤堂さんであった。父のものより若々しく、優しい掌。
まだ意識はぼんやりとして、状況がよく飲み込めない。
「ごめんなさい、時間通りに来られなくて。」
「…私、」
どうして寝てるんですか。そう聞きかけて、ベッドのカーテンが小さく開いた。顔を出したのは担任。
「ああ、気が付いたのね。良かった。」
後ろから保健の先生も顔を出して、微笑む。
「授業中に過呼吸になったの、沖津さん。覚えている?」
少し考えて、記憶は何だかやたらと苦しかったやら悔しかったやら、そういう恥ずかしい事ばかり主張するから、首を横に振っておいた。
「ごめんね、気付いてあげられなくて。」
「教師失格ですね。」
皆の視線が藤堂さんに集中する。小憎たらしい迄の爽やかな笑顔。なんとハンサム。でも、さっきの言葉がとても不釣り合い。
「うるさいな。藤堂くんだって、保護者失格。」
担任は教室では見せない不機嫌な表情を作って、彼を見た。これは?
藤堂さんが、例の笑みを浮かべたまま此方を見て言った。
「まさか沖津さんの担任が花里だったなんてねぇ。毎日大変でしょう。ドジばっかりやってるんじゃないですか。」
唖然とする。知り合い?
「そんなことありません。こっちからしたら、貴方と沖津さんが同じマンションに住んでるっていうほうが心配よ。変なことされてない?」
大袈裟に心配そうな顔をする。
「え…、お知り合いなんですか。」
「僕と花里は同じ高校、同じ部活だったんです。」
「…へぇ。」
世間は狭い。狭過ぎる。
「あ、三者面談…。」
「そうねぇ、もう随分時間が遅いし。」
「今、何時ですか?」
「七時半ですよ。」
藤堂さんが腕時計を見て答える。そんなに寝ていたのか、私。
「僕、四時間くらい此処に座っていたんですねぇ。どうりでお尻が痛いと思いました。」
私の眠る、ベッドの端。
「まぁ、貴女が眠っている間に、藤堂くんから話は聞いたから…。今日はもう帰って休んだ方がいいわ。」
藤堂さんがゆっくりと立ち上がって、ベッドのスプリングが小さく軋む。
「…あ、でも一つだけ。」
担任の花里先生は人差し指を立てた。
「彼はどう?ちゃんと貴女の保護者、やってくれている?」
沖津も上半身を起こす。それから首を小さく横に傾けて。
「保護者じゃないと思います。私のこと叱りませんし。それに、甘やかし過ぎ。あ、でも変な事は心配しなくて大丈夫です。」
饒舌に重ねる言葉。担任は冗談っぽく笑いながら「信用できないなー。」と言った。だから。
「私じゃ勃たないんだそうです。きっと巨乳がお好きなんじゃないでしょうか。」
吹き出したのは、藤堂さんの方だった。
「どうして来てくれなかったんですか、授業。」
夜景がどんどん後ろに流れて行く。エンジン音の小さい、とても良い車。
「迷っちゃって。君の学校、広いですねぇ。」
小学校の初めての参観日。
母の言い訳と同じだった。