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執事とお嬢と拳銃と!‐With a Butler!‐  作者: gwちゃん
第二話:屋敷、メイド、お嬢様。
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-3-

 「ああ、そういえば、自己紹介まだだったわね」


 丘の中腹まで来ただろうか。彼女がこちらを振り向いた。


 「ああ。言われてみれば」


 こちらを振り向いたときに大きく切ったハンドル、車が左に傾き危うく山肌に突っ込みそうになるのを、横からハンドルに手を伸ばし何とか無理やりに進路修正する。反動で振り子の様に身体が揺れ、ごつ、と窓ガラスに頭がぶつかった。もうこれで何度目だろう。


 「私の名前はレスカ。レスカ・キルシュテインバックよ。レスカ、って呼んでね」


 「レスカさんですね、わかりました」


 金髪の女性――レスカは顔にかかる長い金髪を手で後ろに流した。金糸のような淀みの無い髪は、手ぐしに攫われその指の隙間からさらさらとこぼれ落ちていく。風に乗り、香水の匂いか使っているシャンプーの匂いか、甘いにおいがした。


 「俺は、赤妻青蘭です。青蘭って呼んでください」


 速くなった動悸を隠すように、俺は矢継ぎ早に言葉を絞り出した。


 「ん、青蘭ね……仕事でわからない事があったら、何でも聞いてね。私、先輩だし、こう見えても仕事できるし?」


 レスカはにこやかにほほ笑むと、両の手で俺の手を握り固い握手を交わしてきた。白く細く暖かい手で包まれて、一瞬ドキッとしたが、彼女が両手で硬い握手を交わしているのに気が付いて、別の意味でドキッとする。

そりゃだって運転中の車のハンドルから手を離してたらびっくりするだろうし、追い打ちとばかりに車が右に傾いてきてる。みなみに下は崖。漏れなく死がお出迎え。


 「わかりました、わかりましたから前見て運転してくださ……ってガードレール、ぶつかるから!!ハンドル切って!!!」


 レスカはあたふたと車のハンドルを切りつつ、クラッチを踏みこみギアを入れ替える。4速から2速にギアの変わった車体は力強い排気音と共に坂を駆け上がっていく。


 「おっとっと、うーん、運転って難しいわねぇ。やれやれ」


 レスカは大きく息を吐くと、やれやれ、と大げさに肩をすくめた。……ハンドルから手を離して。


 「やれやれ、困ったなハハハ的なジェスチャーをしてる暇じゃねぇから!頼むからハンドルを握れぇぇえっ!!!」


 何度も言う。目の前は崖である。落ちたら死ねる。これは俺ってば屋敷につく前に死ぬんじゃないか。主に事故死orストレスで。


 「あらあら、大きい声。まったり行こうよ、人生は。……ふひー」


 「もう下ろしてくれぇぇ」


 天国のお父様。僕も近いうちにそちらに向かうかもしれません。



  胸に抱えるかばんを、俺はきつく握りしめた。


 それから恐怖で震える事、俺の体感時間で約五分くらい。あまりにも恐ろしいのでひたすらに外の景色を眺めていたら、いつの間にか車は丘のてっぺんにそびえ立つ屋敷の前に到着していた。


 「ほら、皆待ってる。早く降りて」


 「あ、ああ」


 レスカに促されるまま車から降りる。


 「気持ちいい。実に気持ちがいいな……」


 なんと清々しい気分なのだろう。綺麗に手入れされた芝生や、新緑がまぶしい樹木が生い茂り、その木々の間を五月のさわやかな風が吹き抜けていく。そのあまりの心地よさは、今しがた地獄を見た後なのでなおさら素晴らしい物に感じる。空を舞う小鳥さんが俺を祝福してくれてるようだ。


 「ああ……生きてるって素晴らしいぃ……」


 「何言ってんの?ほら、早く行くわよ」


 「あ、すまん」


 怪訝な声に振りかえると、既にレスカは俺に背を向け歩き出していた。慌ててその背中を追う。


 豊かな緑に囲まれている屋敷は遠目から見ても近くから見てもやっぱり「城」という言葉がふさわしい外観だ。段々と近づいてくるそれに、レスカのメイド姿と合わさり、中世の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。

こつこつ、と石畳の通路を靴が叩く音が小気味いい。玄関前、幅の広い中央の真ん中に据えられた巨大な噴水がまき散らす水のしぶきに眩しい日の光が反射し、かすかに虹が見えた。……何だか、場違いな場所にいるよな、そんな感傷。


 「じゃ、あけるわよ」


 巨大な木目の美しい玄関のドアが、レスカの手によって軽々と開けられた。木の軋む音と共に、扉が開く。


 「いらっしゃいませ、赤妻様」


 そして耳に入る、言われない言葉。開け放たれた扉の先には、汚れ一つない起毛の赤い絨毯がひかれていた。調度品やらをこれでもかと飾った、俗に言う煌びやかな「贅を尽くした」内装ではなかったが、所々に飾られた観葉植物や絵画、シンプル且つ内装から飾られた物品までがそれぞれを引き立たせる光景に俺は息を飲む。


 大理石の床の上にはレスカと同じ格好をした数十人のメイドさんが二列に花道を作るように規則正しく並んでいる。彼女たちは声をそろえ、同じく身体を折り俺に向かって頭を下げた。


 「あ、はは、どーも」


 その光景に、俺は激しくキョドり、やっとのことで口をついた言葉は震えていた。我ながら情けない事この上ない。


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