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「いやね、旦那様から話は聞いていたんだけどさ、見るからに悪人面で厭らしそうでイカ臭そうで害しかまき散らしません的な変態さんだったら追い返そうかなぁって……あ、ちょっとそんな目で見ないでよこのスケベ!変態!見物料と慰謝料取るわよ!!」
「……オ、オオウ……」
白雪姫(仮)はとてもにこやかな笑みで、俺の心を読んだかのように答えを捲し立ててくれた。恥ずかしそうに胸を庇うように抱いたしぐさは余分だと思う。……っていうか外見とは裏腹に毒吐くな、この人。黙ってれば美人、と言う奴なのだろうけど、何で真っ当(?)に生きてきたつもりの俺が初対面でここまで言われにゃならんのだ。俺の豆腐ハートは既にぼろぼろである。
「お、おおう……!くそっ、ぐすっ……なんで初対面でこうメンタルをぼこぼこにされなきゃいかんのか……おにいさん、泣きそう」
いや、マジで。
「あっはっは!冗談よ!さ、行きましょ、皆待ってるから」
「……うぃ」
何か一言いい返してやろうと口を開いた俺の肩を、威勢よくバシバシと叩きながら白雪姫(仮)は、豪快な声をあげて笑った。
先ほどの「ほほ笑む」と言う何だか高貴で儚げで優しさを含んだ女性らしさを感じさせる物では断じてなかった。むしろ男勝りなその仕草に、この人絶対酒癖悪いんだろうなぁと漠然と考えたり。
「ほら、なにぼーっとしてんのよ、早くなさいな」
「あ、ああ。すみません」
招かれるまま門をくぐる。ほのかな緑の匂いが五月のさわやかな温かさと共に風に乗って流れてくる。
そのままメイド服の後ろ姿を追って歩いて行くと、少し離れた所に赤色の乗用車が停めてあった。メタリックレッドで塗装され、曲線で構成された車体には傷一つなく、はたから見ても手入れが行き届いているのがわかる。
「ほら、乗って乗ってー!遠慮はいらないわよー!」
すでに先に運転席に乗っていた白雪姫(仮)は、車内から俺に向かって手を振っていた。車のエンジンに火が入り、小気味よい重低音を響かせ始める。俺は胸に荷物を抱くと、助手席に乗り込んだ。
「おじゃまします」
「はいな、ではしゅっぱつしますよー」
彼女はそう言うとサイドブレーキを外し、
アクセルを
これでもかと お も い き り 豪快に踏み込んだ。
完全に油断していた。
外からタイヤの激しくこすれる音が聞こえ、がっくん、と盛大に車が揺れた。俺と言えば、唐突だったのもあり、反応できないまま俺はダッシュボードに顔面から思い切りつっこんでいた。鈍い痛みが顔面いっぱいにこれでもかと広がって行く。
「お、おお……おおうっ」
痛みと衝撃に思わずうめいてしまった。
……これが不意打ちか。悪魔の所業と言う奴か。と言う事は激痛に顔面を抑える俺の横で顔色一つ変えずに豪快に笑っている彼女は悪魔なのか。これが俗に言う悪魔系女子ってぇ奴か。怖い、悪魔系女子、実に怖い。
「……ふぅ」
顔をさすりながら息を吐く。今日は天気もいい。散歩がてら山道を歩くのもいいかもな……正直、まだ死にたくないし。外の朗らかで気持ちのよさそうな陽気を窓から見上げ、本気でそんな事を考えた。一呼吸置いて横に視線をめぐらせると、運転席の彼女は顔を引きつらせごまかすように笑っていた。
車から降りようと、俺は無言でドアに手を掛けた。
「んー、歩いて行くには遠いとおもうのよ、私」
が、一瞬早くドアにロックが掛けられた。何度かドアを開けようと試みるが、中からは開かない。俗に言うチャイルドロックである。
「えー……あの……まだ死にたくない」
(悪魔系)白雪姫(仮)に、じと、と視線を送る。ぶつけた頭がまだちょっと痛い。
「んっんー。何の事を言ってるかわからないけど、ひとつ位、失敗したっていいじゃない?人間だもの。……あなただってそこは大人の余裕を見せる所よ?」
「いや、ドヤ顔でそんな事いわれても。つーか何で俺説得されてんの?」
「さて、出発出発っと」
胡散臭い咳払いをひとつかますと、白雪姫(仮)はおそるおそるアクセルを踏み込んだ。
そして、見事にエンストした。
「なんでマニュアル車なんか買ったんですか?」
「そっちのほうが車を上手に運転できるっぽくない?」
「……さいですか……」
いろいろと突っ込みたい所はあるが、ここは突っ込まないのが得策なのだろう。ああ、きっとそうなのだ。