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「あ、わ……」
震える声に視線を巡らせると、俺のすぐ後ろで銃口をカタカタと震わせながら、色の褪めた金髪の男が俺に銃口を向けていた。こういう鉄火場に慣れていないのか、顔面蒼白で銃を俺に向けている訳だが、何だか俺が悪者のような、変な罪悪感に見舞われた。
だが、すぐに先ほどの少女の涙を思い出す。同時にふつふつとわき上がるそれは、怒り。どうしようもなく、真っ黒で、どうしようもなく純粋な意思。
許せなかった。少女が泣いているのが。
許せなかった。その理不尽さが。
いかな理由があるにせよ、無垢な少女が命を狙われ、泣き叫び、辛い思いをする必要は無いはずだ。
そう、それはただ一つ。シンプルな理由。
ただ。
ただ、許せなかったのだ。その悪意が。
握りしめた拳が鈍く骨の軋む音を立てる。
「ひっ!」
伏せていた視線を、俺は再度金髪の男に向けた。俺の瞳にどんな色が宿っていたのかは分からない。
俺はそいつとの間合いを一気に詰め、相手の鳩尾に向かって拳を突き上げた。柔らかい水袋を殴っているような感触。男の口から空気が漏れるような悲鳴が吐き出される。痛みや苦しみは一瞬だったはずだ。衝撃で意識を手放したのか白目をむいた男の身体から力が抜け、糸の切れた人形のように雨で濡れる地面に倒れ込んだ。
「……はぁっ、はぁ……」
向けられる殺気はなく、動く物は俺以外にこの場には無い。上がった息を整え俺は今しがた気絶させた奴らに一瞥をくれ、隆顕さんたちが隠れている車の裏に回り込んだ。
「終わった、かい?」
「はい、なんとか」
その身体でかばうように少女をかばっていた隆顕さんは、俺の気配に気が付いたのかゆっくりと顔を上げた。
「ありがとう。さすが、青二の息子だ」
「そんな……褒められる事じゃありません」
隆顕さんは薄く笑みを浮かべた。つられて浮かべた俺の笑みは、自嘲的に映っただろう。久々に誰かを傷つけるために奮ったこぶしが、鈍く痛む。
「はは。そういう褒めても素直に喜ばない所は青二とそっくりだ」
「あ、ああ……そう、ですか……」
なんだか気恥しくなって、俺は鼻の頭を掻いた。
「あの……」
唐突に聞こえた声に、俺は視線を下に向ける。隆顕さんの胸に抱かれたまま、少女がこちらを見上げていた。涙でべしゃべしゃだが、確かに美少女と呼ばれるにふさわしい整った顔立ち。後数年たったら美人と呼ばれる女性に育つんだろうな、そんな事をむっつりと考えたり。
「……あなたが、助けてくれたのですか」
「あ、はい」
視線がかち合い、俺は思い切り上擦った声で応えた。
「……ありがとう、ございます」
一つ、また一つ。大粒の涙をこぼし、その涙を黒いヴェールで包まれた手でぬぐいながら少女は声を紡いだ。その言葉に、何だか胸の内がほんのりと温かくなるような、不思議な感覚に包まれた。
「貴女が無事でよかった。遅くなってすみません」
軽い会釈。俺がその亜麻色の髪を撫でると、少女は隆顕さんの胸に顔をうずめ、またすすり泣き始めた。
――俺の中で一つの意思が固まった。何というか、義務感のような、使命感というか、そんな言葉としては漠然とした、でも確固たる意思。
「……親父はいつも言ってました。誰かの為に、何かを出来る人になれ、と」
「ああ。青二の口癖だったね、それ」
それは親父を体現したような言葉で、親父は誰かの為に行動する事を厭わない生き方のできる人間だった。そう、誰かの今と未来を守る為、誰かの為に何かを行う為。その生き方を全力で全うしようとして、親父は死んだのだろう。実に親父らしい、と思う。
「隆顕さん、俺……どこまでできるかわかりませんけど、さっきの件、やらせて下さい。こんな俺でも貴方達を守れて、お役にたてるのなら、俺は命を掛けます」
親父の二番煎じな生き方と言われてもかまわない。俺には俺にしかできない事があるはずで、今この時、俺はそれを見つけられた様な気がしたのだ。
「……そうか。ありがとう、青二は良い息子に恵まれたね……命なんかかけなくても君の出来る限りでいい。やってくれるかい?」
「はい」
「わかった。じゃあ、改めてよろしく。青蘭」
俺は隆顕さんが差し出し握ってきた手を、力強く握り返した。
いつの間にか雨はやみ、ほのかに途切れた雲から太陽がうっすら顔をのぞかせていた。