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それからの事はよく覚えていない。
しばらくたって、けたたましいサイレンの音と共にパトカーと救急車が俺たちのいる埠頭になだれ込んできた。
そのころにはミミお嬢様は泣き疲れたのかレスカの胸の中で寝息を立てていた。が、救急車のサイレン音で目を覚まし、体を起こしていた。
俺も立ち上がろうとした……のだが。大分疲労困憊のうえ体中の傷が重なって体力を奪っていくもんだから、まともに立てなくなっていた。意識を失わなかったのは奇跡に近い。救急隊員に担がれて、救急車に乗り込んだ後、傷の様子を見てえらく驚かれたので、それはそれはひどかったのだろう。っと言っても乗り込んで処置が始まった瞬間、緊張の糸が切れて意識を失ったので、よく覚えていない。
レスカも殴られた所の打撲と、倒れこんだ際に怪我をしたのか、額からほんの少し出血していたが、傷はそんなに大きい物ではなく、心配はないみたいだ。大事をとって駆け付けた救急車のストレッチャーに乗せられて運ばれていった。
注射が怖かったと後で涙目で訴えられたが俺にどうしろというのだ。いい大人にもなって注射を怖がるんじゃない。
ミミお嬢様も目立った外傷はない。むしろ精神的な障害の方が大きいはずだ。俺が載せられた救急車に一緒に乗り込んできた。処置を受けている間もずっと手を握っていてくれたのは、彼女なりに思うところがあったからなのだろう。彼女の手の感覚は、今もぼんやりと俺の掌に残っている。柔らかく、ほのかかぬくもり。そのぬくもりを、俺は守らなくてはいけないんだ。自分の存在の重要性を改めて感じる。
ここからは後で聞いた話なのだが、あの場で生き残っていたのは俺たちだけだったようだ。
ミミお嬢様を襲撃してきたやつらは全員、あの腕“オルグス・ハンド”の餌食になっていたと聞く。凄惨な状態だったらしい。もはや人とはいえない形をしたそれをかき集めて、身元の特定を行っているらしいが、難航しているようだ。
“あれ”を一人の少女が行ったという事実が、うすら寒い感情を伴って再度胸に突き付けられる。――正直、恐ろしかった。自分があの肉片にならないという保証は全くなかったわけで。奇跡、というものなのだろう。次はないかもしれない。
お嬢様がどういう原理であれを呼び出したのかはわからない。
この世の理なんて紙に包んでブラックホールのかなたに捨ててしまった、そんな別次元の理だ。
俺は、ミミお嬢様に次合った時、どんな顔をしているのだろう。ミミお嬢様は、次俺に会った時、どんな顔をしているのだろう。
それは、今のこの状況ではわからない。
だが、確かな事はある。
俺は、今お嬢様の所から離れてはいけない。彼女を一人にしてはいけない。俺は彼女のそばにいないといけない。
なぜなら、そう、俺は――。
赤妻青蘭であり、彼女の執事なのだ。




