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「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
それは、異様な音だった。
鈴のように可憐な、雄たけび。
金属がねじ切れるような、いびつな音。
幾万の獣が一斉に吠えたかのような、地を揺るがす咆哮。
ミミの体から、赤黒く、粘性のある――瘴気、としか形容の出来ないモノが漏れだす。
「あああああああああああああ!!!」
がくがくとうつろに頭を乱し、再度ミミが吼える。
びりびりと大気が震え、周りの電燈が次々と爆裂し、アスファルトはひび割れ捲り上げられ、散弾のように周りに破片をまき散らした。明かりがなくなり、辺りはほぼ暗闇と化す。が、ミミの体から漏れ出す瘴気は、闇よりも暗く辺りを侵食し続ていくのが明りがなくともわかる。
ミミの瞳が襲撃してきたやつらの方を向く。その体の輪郭を粘性のある赤黒い霧によりぼやけさせ、ちらちらと見える白い肢体には、複雑な形をした文字のような紋様がさながら彼女を縛る鎖のように幾つも纏わりついていた。
ぷつぷつと毛穴の開く、不快な感触が全身を駆けめぐる。
ミミのブラウンの瞳に光はなく、見ているだけで心をむしばむ奈落のような闇に染まっていた。
そのこの世のものとは思えない理、異様な光景に増援としてやってきた集団も、藤村もその場から一歩も動けないでいた。
「あ、うわ、ああああああっ!」
恐慌した一人が、銃口をミミに向け、引き金を引き絞った。だが、吐き出された幾つもの銃弾は彼女の体から漏れだす黒い瘴気に阻まれ勢いを無くし、完全に威力を失うと音もなく飲みこまれていった。
「……」
ミミのうつろな瞳が、今銃弾が飛来した方向を向く。
そしてその視線の先にいる、拳銃を握り締めた男に向かって、緩慢な動作で手をかざす。力なく持ち上がった手は月明かりに照らされ白く、対比するように赤黒い紋様がまとわりつき、エキゾチック。
華奢な体に浮かび上がる紋様が赤黒い輝きを増すのが遠目にもわかる。
その手の先に、紋様と同じ色をした塊が生まれる。瘴気を濃縮したような、闇よりも黒く血よりも赤いその塊。時折表面をうごめかせながら、だんだんとその大きさを増していく。ある程度……ミミの頭くらいの大きさになったところで、それは唐突にはじけた。中身をぶちまけ、ミミの手のひらから細い前腕を伝い、ぼたぼたと地面に落ちた。落ちた先で、溶け、そして――――――
「つ、ぶれろ」
「ぎゃぅ!」
凛とした、鈴の音のような少女の声。そして断末魔の悲鳴が余韻を残しあたりに響く。
その場にいた人間で、その光景を信じる事が出来たのは、果たしていただろうか。黒いモノが視界を遮り、月の光を遮り影が差したかと思えば、一瞬きの間に傍らにいた男の体をからめ取っていった。
――腕だ。
最初は蛇かとも思った。だがしかし、五本に枝分かれしたそれには確かに関節があった。爪があった。先に行くほど細くなっている、女性的な手先。
余計な物がついてない前腕、女性的な丸みを帯びた二の腕。全体的にか細い印象を受ける手だ。だがそれは等身大の人間サイズに換算したら、だ。指一本一本が人の身長よりも大きく、太い。
その巨大な手が、ミミお嬢様に銃弾を放った男の体にからみつき、握りしめていた。
ぎりぎりと関節のしまる音が、やけに大きく聞こえ、その合間合間に何かが砕ける音と大量の液体がこぼれる音、否が応でも鼻腔を突く、吐き気を催す鉄の香り。奇妙な方向に折れ曲がった足が一本、巨大な薬指と小指の間からはみ出ていた。
「ぐぎゃぁえぇ」
押し出される空気に乗った悲鳴はもはや意思疎通のとれるものではない。
ただの、音だ。
巨大な腕が、握りつぶすのをやめ、その指を小指から順にゆっくりと開いていく。
小指。ばしゃ、と液体がぶちまけられる。
薬指。いくつかの肉の塊が落ちた。奇妙な方向に曲がっているのもいくつかある。
中指。引っかかっていた細長い何かがずるずるととぐろをほどき、こぼれる。
人差し指。大きな塊が、ごとんと音を立てて地面に転がった。
にくと、ほねと、ち。人間だった、モノ。
誰かが吐しゃ物をまき散らした。えづきやうめき声が聞こえる。
得てして湧き上がってくるその感情を、本能は理解していた。
体中の毛穴が開き、冷や汗がにじみ出る。吐き気でどうにかなりそうだ。
歯の根がかみ合わない。震えが止まらない。気を抜けば屈服してしまいそうなーー
――圧倒的な恐怖。
それが、形となり目の前に顕現した。




