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「気持ちだけもらっとく。ありがとな……あのさ、車をあそこの倉庫の壁際によせてくれるか?寄せたら体を低くして、絶対に頭を上げないでくれ。怪我とかされたら困るしさ」
「うん、わかった。気をつけてね」
ドアを閉めると、すぐに車のエンジンがかかり発進する。ふらふらと頼りない運転で、少し離れたところにある倉庫を壁にするように停車した。
耳につけたインカムからオデットのささやく声が聞こえた。「マスター、別働隊がいるようデス」と。他のSP達はそいつらに囲まれて身動きが取れないらしい。つまるところ援護は期待できないわけだ。死人を出すのは避けたいところだが……本気で掛からないとこちらが危ないのはアホでもわかる簡単な事実だ。
「……できれば、殺したくないけど……しょうがないか」
誰ともなしにつぶやき。青蘭は懐のホルスターから銃を引き抜いた。FN-57。ライフル弾と同等の口径の銃弾を使用したこの拳銃は非常に貫通・殺傷能力の高い部類に分類される。静かに拳銃を構え、狙いを定め、引き金を引く。
――その手に持つ物が使用する者の意志を代弁する、とすれば「武器」が代弁する意志とは、破壊の衝動や殺戮の代弁に他ならない。いかに理由が小綺麗であれ、武器は、使用者の無意識たる衝動を、剣戟/銃声/打撃音と共に高らかにこの世に示すのだ――
装弾数20発のマガジン一つを撃ちつくすのにかかった時間は短かった。的確に急所を撃ち抜き、相手を沈黙させていく。
濃い血の匂いが鼻腔の奥に纏わり着くように漂っている。その匂いを払うかのように大きく息を吐く。
新しいマガジンをホルスターから引き抜き、撃ち尽くしたマガジンを排出の後、差し込む。ロックされていたスライドが戻り、また撃てる状態になる。それを確認すると、青蘭は身を隠していたコンテナから躍り出た。
同時に、三連射。こちらに駆け寄ってきていた人間の太ももと肩口を銃弾が撃ち抜く。高い貫通力を持ったFN-57の銃弾はそれだけに飽き足らず、さらに後ろにいた人間の腕を穿つ。これだけの威力だ。腹を撃たれた人間は割れた水風船のように臓物をまき散らし絶命する事になるだろう。
幾つもの銃弾を放ち、そのたびに悲鳴が耳朶を叩き、血飛沫が夜闇を濡らす。
思考と、指先の動きは完全に別だ。内心は生き延びてくれ、そう考えていても、指先はそれとは別の銃弾という意志を持ち、無機質に相手を無力化していく。
――そうしなければ、俺はだれも守れない。ミミお嬢様も、レスカもだ。
あの子は優しいから、きっとそれを許さないだろう。自分を襲ってきた相手でさえ、傷つくのは嫌だと言うだろう。だがしかし、彼女の存在というものがどれほどに皆に愛されているか、大切にされているか。それを鑑みた時、青蘭は鬼にならなくてはいけないのだ。それに、これが自分の仕事なのだ。彼女をあらゆる脅威から守る事。そのために、彼は鬼になるのだ。
三つ目のマガジンの最後の銃弾を撃ち切った時、目の前で満足に立ち上がり此方に敵意を向けている者はいなかった。皆が皆、虫の息で地べたに転がり身悶えをするばかりだ。
「状況、終了か?」
拳銃を真正面の空間に向けながら一瞥。
だが小さく息をつき安堵したのもつかの間、何かをスライドさせる音と自分に向けられる殺気を感じ、青蘭は咄嗟に横にとびすさる。
一秒間に13発というごくごく短いスパンで吐き出される銃弾の雨が、青蘭の真横を通過していく。狙いを大きく外したが、何発かの銃弾が青蘭が背中に壁にしている小さなコンテナを激しく叩く。
コンテナの陰から銃弾が飛来した先を睨みつけると、そこには銃を構えた男――藤村が立っていた。
青蘭の放った銃弾は確かに肩口を撃ち抜いてはいた。だが、致命傷の筈のその傷を押して此方をにらみつけている。傷口を中心に服は赤黒く染まり、額には脂汗が滲み、肩の傷のダメージを物語っている。
銃口からは薄く硝煙が立ち上っていて、その銃口が再度持ち上がり、円塔寺の車のほうを向いた。容赦なく銃弾が吐き出され、車にへこみをつけていく。
――威嚇のつもりか。そう思ったのもつかの間、立て続けに吐き出される銃弾が、ついにへこみのついた車のフロントガラスに小さな罅を入れた。そこからの崩壊はあっという間だった。
「きゃあぁあああっ!!」
罅が放射状に広がり、一気にフロントガラスを砕け散らせた。細かい破片となったフロントガラスは車内にぶちまけられ、ガラスの砕ける音とレスカ達の悲鳴がほぼ同時に鼓膜をたたいた。
「おおっとぉ、近付くんじゃねえぞ執事君」
駆け寄ろうとした所にこちらを向いた銃の引き金が引かれる。
足元ではじけた銃弾が右頬をかすめ、血が輪郭を伝う。怖じている場合ではない。青蘭は拳銃を握り締め車に向けて走りだした。だが、しかし、開け放った後部座席から、藤村の手がミミを引きずりだす方が早かった。髪の毛を掴まれ思い切り引っ張りだされ、ミミの口からくぐもった悲鳴が漏れる。
「ほぉら捕まえたお・ひ・め・さ・まぁっ!!」
藤村は勝ち誇ったように青蘭の方をを振り返り、大げさに舌舐めずりをして見せた。
「やぁぁっ!」
これみよがしに銃を突き付け、至近距離で引き金を引く。その銃口は明後日の方を向いていたが、マズルフラッシュはミミの髪を何本か焼く。
あたりに髪の燃える異臭が漂い、ミミが小さく悲鳴を上げた。恐怖が限界に達したのか、つ、とそのスカートに染みができる。ガタガタと震える細い足を伝いこぼれたそれは、地面に小さな水たまりとなり広がっっていく。
「あはは、怖いかぁ。怖いよなぁ?ごめんなぁ?」
そんなミミの様子を見つめケタケタと笑いながら、藤村は銃口を再度青蘭に向けた。躊躇せずに引き金が引かれ、銃弾が吐き出される。ふらふらと不規則に銃口を右往左往させ、銃弾の着弾する場所の読めない青蘭はひたすらに物陰に身を隠し続ける。




