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執事とお嬢と拳銃と!‐With a Butler!‐  作者: gwちゃん
第五話:執事、襲撃、恐怖。
29/44

-3-

 6月4日 午前7時26分


 「貴方……今何処にいるのよ」


 「あー、街中?」


 自慢じゃないが、俺は。


 「何が見える?」


 「ビル」


 ――よく迷子になる。スピーカーフォンから漏れるレスカの声も重い。


 「そりゃあねぇ、街中ですもの、ビルの1つや2つ見えなきゃおかしいわよ」


 そして今もまた、例にもれず絶賛迷子な真っ最中だった。晩の御飯に使う材料を仕入れに向かっていて、その帰りなのだが……来た道が混んでて違う道に入ったらこのざまである。


 スピーカー越しにレスカがまた一つ重い溜息をついた。時折「ああぁあぁああ」とか聞こえてくるのは多分頭でも抱えてうなってるからだろう。


 「いや、誠に申し訳ないとは思っている。ただちに打開策を講じ行動に繋げていきたく、善処する所存であります」


 「やる気は認めるけど酷くなるからやめなさい……なにかめぼしい目印になるような建物、ある?」


 「……あ、駅が見える」


 最近構内を改装し、ショッピングセンター等を内包した施設となった「南岸駅」の特徴的な建物が信号の先、街路樹の陰に小さく見えた。距離的に500メートルくらいか。


 「……どこ駅?東奥駅?」


 「いや、えーと、南……南岸駅だ」


 「南口?東口?」


 「交番が近くにある方」


 「あー、南口ね。ならそこの交番前の交差点を左に曲がって、三つ目の信号を右。後はひたすらまっすぐよ、オーケイ?」


 「オッケー、あぁ、電話切らないでくれ、また迷ったら困る。お願いだから切らないでくれ!頼む!」


 「……はぁ、ナビ付けとくべきかしら」


 俺の懇願は、何度目かわからない重い溜息に助長されて、それはそれは情けない物だった。


 同日 午前8時12分


 やっとの思いで帰りついたら、いきなりレスカに首根っこを掴まれ、叩きつけるように廊下に正座させられた。


 「魚は!鮮度が!!命なの!!!おわかり!?」


 「うおぉおぉおぉおっ!!!」


 俺のこめかみにアイアンクロ―をかましながら、レスカは声を荒げた。細い腕の何処にそんな力があるのか、ギリギリギリギリと綺麗に手入れされた爪が激痛と共に食い込んでくる。


 まぁそれもこれも俺のせいであるわけで、相手は女性だし手荒く解くわけにもいかず甘んじて罰を受けている訳だが……これは痛いとかそういうレベルを超越している。今にも砕けそうだ。


 レスカの足もとにはギリギリ鮮度を保てた鰤が、発泡スチロールの中からうつろな目でこちらを見上げていた。今の俺には彼(?)がその視線に非難の意を込めているようにも見えなくない。


 「あら、余裕じゃな・い・の!」


 よそ見をしていたら、レスカの手に込められた力がより一層強くなった。爪とか刺さってるんじゃないか。これ以上力を込められたらスプラッター映画も真っ青な、夏の海のスイカみたいな事になるんじゃないか。そんなうすら寒くなるような事を考えさせられる塩梅だ。


 「うをあだだだだだだ!!!!アンダースタン!アンダァァスタァァンッ!!」


 「ノーモアドリップ、イエス取れ立てピチピチ!」


 アイアンクローが外れたと思ったら、息をつく間もなく次はコブラツイストである。がっちり関節をホールドされ、ゴキゴキと背骨が悲鳴を上げた。


 「ノーモアッー!!あぁっ!折れる、折れちゃう!」


 余りの激痛に我慢が出来なくなってきた。俺は引きはがそう(もちろんやさしく)と、レスカの背中に手を回した。が、彼女が身を引いたため、手は空しく逸れて彼女のお尻を撫でる形になってしまった。ああ、あったか柔らかい。


「ひっ」


 レスカが多少上ずった声を上げると同時、彼女の体から力が抜け、床に投げ出された俺はすぐさまそこから離れる。腰を伸ばすと鈍痛が身体を駆け抜けていった。すぐには立ち上がれず、床の上で悶絶する。


 そんな俺の視界の端でレスカは顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけ――ゆっくりと、大ぶりでピチピチ、脂の乗った鰤を持ち上げ――振りかぶる。


 「うおおお、身体のいろんな所が痛――ってちょっとまて!今のは不可抗りょ――「問答無用ッ!!」――ひんっ!」


 気付いた時には遅かった。俺に弁明の時間は無いらしい。


 レスカは躊躇なく俺に向かって鰤をフルスイング。踏み込み、加えた身体の捻り、鰤のスイング角度、力の加減。どれを取っても某野球選手もびっくりの整ったスイングフォームだった。これは確実に世界に通用する。もちろんベースボール的な意味で。


 そんな凶器と化した20kg近い鰤が俺の頭めがけて迫って来て――時間は数瞬、瞬きの暇すら与えられない刹那なのだが、走馬灯がまさかこんな所で見れるはずもなく、ドーパミンだかドーパの悲劇だかよく分からない脳内物質のせいか、鰤が迫って来る様をただひたすらに長く感じていた。


 ――ああ、すごく新鮮で、すごく潮臭いし、当たったらすごく痛いんだろうなぁ――


 腰の痛みに屈んでいた俺は、避ける暇すらなく直撃をもらい、重い衝撃と共に首の骨がゴキン、と鈍い音を立て、さらに俺の体は軽々と宙を舞い、受け身も取れぬまま廊下に激突した。




 「おや、どうしたね、そんな所で寝て」


 ゴロゴロと絨毯の上を転げ回り、壁に叩きつけられる。床が上か天井が下か。ぐるぐると回る視界。未だにダメージから回復出来ず、廊下のど真ん中でのた打ち回っていたら、通りかかったらしい旦那様の声が聞こえた。

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