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「……夜景、綺麗ですね」
「ええ。とても綺麗です」
俺の言葉に、ミミお嬢様は小さく言葉を返してくれた。それだけのことなのだが、なんだかとてもうれしく感じるのはなぜだろう。
「……ここは、私のお気に入りの場所なんです」
「えっ!?……すみません、汚すような事して」
「いえ。私も良くここでお菓子とか食べてますし、いいんです」
ここで飲食してたのはまずかったようだ。だが余りの気まずさに口にした俺の言葉に対して、お嬢様は小さく首を振った。もじもじと弄っているブランケットから、視線を俺に向けてつぶやかれたその消え入りそうなミミお嬢様の言葉に、非難の意思は感じられない。
「ここでこうしてると、何故かすごく落ち着くんです。静かで、綺麗で。だから一人になりたいときとか、よくここで一人で本を読んだりしてます。今日も寝る前にちょっと風に当たりたくて……」
そこまで話して、お嬢様は小さく息をついた。
「……すみません、散らかしてしまいました……俺、邪魔でしたね」
浅はかだった自分の考えに、ばつが悪くて思わずうつむく。
「いえ、そんな事ないですー」
チョコレートを口に運び、ミミお嬢様は小さく頭を振った。
遥か彼方にある、家々が作り出す数え切れないほどの光点の中に一際輝くビクトリアブリッジを、何台もの車が行き来し、乳白色のフロントランプと赤味がかったテールランプの帯を作りだす。
その光景をぼんやりと眺めていると、必然的に沈黙が訪れた。何か話しかけようと横のミミお嬢様に視線を向けると、彼女はうっとりとしたような表情で夜景を見つめていた。
気が付けば机の上のお菓子はからっぽになっていて、俺は別のお菓子を手に取り、机の上に広げる。
「これもどうぞ。夜中ってお腹空きますね」
「はい」
「そういえば、どんな種類の本を読んでいたんですか?」
「……恋愛小説、です」
俺の問いに、口の中のお菓子を急いで飲み込み、すこし恥ずかしそうにミミお嬢様が応えてくれた。
「俺も読書は好きですね。ミステリー、怪奇小説、ファンタジー等を好んで読んでます」
旧知の友人に「おまえは何でもかんでも雑食すぎる、自重と言う行動を知らんのか」とよく言われる。目移りしやすいタチで、何でもかんでも興味のひかれた物に手を出していたからだろう。ミーハー。中途半端。器用貧乏。そう事あるごとに友人には言われていた。
「ファンタジー?」
俺の言葉に、不意にミミお嬢様の目が輝いた……ように見えた。
「ええ。アニメ化もした『猫のごとく俊敏に、狗のごとく獰猛に』は、原作、コミックス、アニメDVDは全部持ってます」
一年ほど前に流行った作品を挙げてみる。この作品は発売されている関連書籍やDVDは網羅している程に思い入れのある作品だった。グッズを手に入れる為にコンビニや日雇いのバイトをしてお金を稼いだのはいい思い出だ。
「クラーズとヴィルヘルミアの?」
「ええ、そうです。6月に新刊が発売でしたっけ?特装版にはドラマCDが……」
「ついてます!わ、私、予約しました」
俺の言葉を遮るようにミミお嬢様が興奮した顔で声を上げた。が、急に恥ずかしくなったのか声が段々か細くなっていく。
「俺もです。ミミお嬢様も好きなんですか?」
「……は、はい……」
大声をあげてしまって恥ずかしいのか、ブランケットで顔の半分を隠したお嬢様が少しの沈黙の後、小さく頷いた。




