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そんな時だった。足音が、こちらに近づいてくる。小さく、軽く、すこし周りを気にしたような足取りだ。
その足音が展望台の前で止まったのと、俺はそちらを振り向いたのは同時だった。こちらがあちらに気付いているように、あちらもこちらに気が付いているのか、まるで俺の様子を窺うように右往左往している。
「ミミお嬢様ですか?どうしたんですか、こんな時間に」
そう投げかけた俺の声に、その影は小さく悲鳴を上げ、おずおずと姿を見せてくれた。
「その、あの、本を、読んでて……寝る前に少しお散歩を……」
物陰から現れた小さな影――ミミお嬢様は、とぎれとぎれに言葉を紡ぎながら、ばつが悪そうに俺から視線をそらした。淡くカールした髪を一つにまとめ、鼻先には小さな眼鏡が乗っていた。ピンク色の柔らかい生地で出来たパジャマが、吹き抜ける風にふわりと揺れる。
「あれ、眼鏡かけてましたっけ?」
「ほ、本を読む時だけ……」
俺の問いに、ぽつりと短く言葉が返ってきた。彼女は小さく震えている指先で眼鏡を畳み、パジャマの胸元のポケットにしまい込む。
「もうずいぶん遅いですけど、こんな時間まで読んでたんですか?」
携帯を覗き込むと、表示されたデジタルの時計が午前2時13分を指していた。ミミお嬢様はバツが悪いのか、指先をいじりながら頷きだけを返してくれた。
「そうですか。俺……自分はおなか減ったんで、景色見ながらパン食べてました」
持っていたコーヒーの缶を掲げて見せる。ミミお嬢様の目線が、手元のコーヒーから机の上へと移動していき、そこに置かれたお菓子の所で止まった……ような気がした。
「よかったら、ご一緒しませんか」
「は、……はい」
肩にかけていたフリースのブランケットを下ろし、胸の前で抱きしめると、ミミお嬢様は俺から少し離れた所に腰を下ろした。
6角形の展望台の壁に沿って添えられたベンチの隣り合った頂点と頂点。俺とミミお嬢様の距離は大体1メートルくらいか。出会って間もないし、まだまだ警戒されているようだ。
そう言えば、初日に出会ってからと言うもの、遠目から会釈を交わしたりするだけでろくに会話をする暇がなかったのだ。
……彼女お付きの執事だというのに。
「どうぞ」
俺はビニール袋の中のお菓子を封を切り、ミミお嬢様の手の届く所に置いた。
「い、いただきますー」
緊張した面持ちと声で、お嬢様が俺の事を一瞥し、お菓子の一つを手に取った。ちょうど新発売とポップのついていたチョコレートだ。
俺も一つを手に取り、包みを破って口に入れた。砕いたナッツとラングドシャクッキーにミルクチョコを絡めたもので、ナッツと甘すぎないチョコの風味にクッキーが絶妙に食感をプラスして、ついもう一つと手が伸びる。
「これ、新発売らしいのですが……結構おいしいですね」
俺の言葉に、ミミお嬢様が頷きを返してくれた。
「ついコンビニとか行くと買っちゃうんですよね、こういうお菓子。甘い
物ばかり食ってると太るってわかってるんですけどねー」
ぎくり、とミミお嬢様が身体をこわばらせる。それでも変わらずお菓子に手を伸ばしているが、心なしか凍りついた笑みが顔に張り付いているような気がしないでもない。
「あ、そういえば、おいしくないかもしれないですが紅茶もどうぞ」
「……いただきます」
無言でお菓子を食べているミミお嬢様の前に、先ほど買っていた紙パックの紅茶を差し出す。彼女はそれに手を伸ばし、少し迷ったようだがパックの上を開ける。そしてそこに口を付け……ようとしてこちらを見上げてきた。
「はしたないですか?」
「いやー、誰も見てないし、いいじゃないですか」
コンビニで売ってる物を行儀よく食べたりする必要性もないと思うが、良家の令嬢と言う事もあり気がひけるのだろうか。
「赤妻さんがみてますー」
そう呟いた声色は、少し恥ずかしそうな響きを含んでいた。
「暗くてよく見えませんね、俺には」
「そ、そうですかー。ではいただきます」
おどけた俺の言葉に、ミミお嬢様はぎこちない笑みを浮かべた。ミミお嬢様は紅茶に口を付け、二口ほど飲むと、紅茶のパックから口を離し、小さく息を吐いた。




