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「はぁっ、……はぁ、……っ!」
狭い空間に、激しく息を吐く音がこだまする。やけに大きく音が響くのは、この部屋がそんなに広くないからだ。
――暗い。とても暗い部屋に今俺はいる。蛍光灯は砕け散り、足元に破片が無数に転がっている。
握る得物、銃が異様に重い。腕を流れる血で滑り、手から落ちたソレは地面で跳ねて耳障りな音を狭い部屋に反響させた。
目の前には白衣を着た男の死体。――俺が殺したのだ。
血に濡れた自分の腕、指先。ぬるぬるとした感触とこの先一生忘れないであろう、鼻に付く血の粘っこい鉄臭さ。
あぁ――これは――夢だ。唐突に悟る。
そう、これはいつも見る悪夢だ。覚めろ、覚めろと祈るように目を瞑る。
そうすれば、いつものように覚める「夢」なのだ。
それを証明するかのように、意識が徐々にハッキリしてくる。目を開けると、見慣れた自分の枕が見えた。
6月5日 午前1時14分
まどろみの中に沈んでいたい欲求を払いのけ、ゆっくりと身体を起こす。
時計に視線を落とすと、針は深夜一時を刺していた。どうやら、11時すぎにシャワーを浴びて、ベッドの上で本を読んでいたら、そのまま寝てしまったらしい。肩には湿ったタオルが引っかかっていたし、文庫本が一冊ベッドの上に投げ出されていた。
明かりもついたまま、上半身も裸だった。首のタオルで体の汗をぬぐう。油汗、というのだろう。じっとりと肌にまとわりつく汗が、不快でならなかった。
「あー、やな夢みた……」
独り吐き捨て、ベッドの上のシャツを着て、立ち上がる。
「はぁ……」
思わず溜息をつく。
多分、今日はもう寝付けないだろう。あの夢を見たあとは何時もそうだ。心の奥に思い出したくない過去の出来事が去来して、目が覚えてしまう。
タオルを洗濯籠に放りこみ、何か飲もうと冷蔵庫を開ける。だが、中には牛乳と調味料が少し。他には何も入っていなかった。
「……腹、へったな」
そういえば今日は忙しくて晩御飯を食べていないんだった。
今日の晩御飯はビーフシチューとサラダ、デザートにリンゴのコンポートだったそうで。厨房に材料を運び込んだ時に、コックの弥生がそう言っていたのを思い出す。
使われる材料は国産の物ばかりで、肉に至っては最高級の牛肉だそうだ。じっくりと煮込まれた牛肉はとろけるような柔らかさで、食材のうまみが溶け込んだ濃厚なスープがベストマッチしてそれはそれはおいしかったのだろう。
「……今から行ってもないんだろうなぁ」
基本的に厨房にはその日出した物は残らない。綿密に材料を計算して作っているのかは分からないが、余るわけでも足りないわけでもなく綺麗に食べつくされてしまうらしい。
腹の虫がぐぅ、と非難の声を挙げた。想像で腹は膨れない。
せっかく小さいながらもシステムキッチンや冷蔵庫があるんだから、何か入れといてもいいか―。
軽く食べられる物を買いつつ、買い置きのお菓子等もコンビニで調達しよう。どうせ、どうあがいても寝れないのだ。それならば何か食べながら積んでいた小説でも読んで過ごすか。そう思い立ち、俺は上着を羽織ると、財布とキーを掴み部屋を出た。
部屋の鍵、バイクの鍵、寮の裏口の鍵を一つにまとめたキーホルダーを右手で弄びつつ、階段を下り、裏口の鍵を開け外に出た。
何気なく階上を見上げると、お嬢様が書庫として使っている部屋に灯りが付いていた。窓が開いていて、かけられたカーテンが吹き込む風で微かにたわむ。大方、本でも読みながら夜更かししているのだろう。邪魔しないように静かにしなければ。
彼女の邪魔をしないように、俺はゆっくりと静かに扉を閉めた。




