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同日 午後16時14分
社用車に乗り、走る事約10分。住宅街を抜け、橋を渡った先、大手のデパートの看板に隠れるようにその店はあった。小さくこぢんまりとした店だ。色あせた看板が、この店の歴史を物語っている。お店の人の趣味なのか、丁寧に手入れされた庭木が青々と店を彩っている。
「こんちはー」
中に入ると、ケーキ屋特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。なんとも食欲をそそるいい香りだ。
「あら、いらっしゃい」
俺の声に奥から出てきたのは、60歳くらいのおばあさんだった。白いパティシエ服に身を包み、人柄のよさそうな柔和な表情を浮かべている。
「あらあら、初めての人ね?」
「はい。ちょっとお使いで」
「ありがとうね。何にしましょうか」
「んーとですね……」
しまった。何を買っていくんだったか。ポケットをまさぐるが携帯を車に置いてきてしまったようだ。無線もここでは届かない。
「……お勧めのお菓子を10個ほどください」
少し考えて、俺はそう言葉を絞りだした。旦那様達に後で謝っておかなければ。
「はいはい。ちょっと待ってね」
おばあさんはまた柔和な笑みを一つ浮かべると、お菓子を選び始めた。
その間、少し暇なので、店の中を見回す。店の中には小さいながらも机と、椅子が二つずつおかれていた。どうもここでお菓子を食べることもできるようだ。コーヒー、紅茶、日本茶からココア、パフェまで様々なメニューが壁には貼ってある。どれも年季を感じさせる色のさめ方をしており、この洋菓子屋がかなりの昔からここにある事を物語っていた。レジの奥にはお客さんと撮ったと思しき写真がいくつも飾られている。
「お待ちどう様」
その声に振り替える。カウンターの上には半開きにされた箱がのせてあり、そこにはエクレアやショートケーキ、ミルフィーユ等のお菓子が並べられていた。
「こんな感じでどうかしら?」
「おお……ありがとうございます」
「喜んでもらえてうれしいわ。そのネクタイピンをつけてるってことはあなた……」
「はい?」
柔和な笑みを浮かべたおばあさんは、俺がつけているネクタイピンを指差すと、言葉を漏らした。俺も視線をケーキからネクタイピンに落とす。このピンは旦那様から頂いたものなのだが、そこには円塔寺の家紋が金細工で彫りこまれていた。
「あなた、隆顕君の所の子ね?」
誰が見ても円塔寺の人間とわかるのだろうが、旦那様を君づけで呼ぶ人を初めて見た気がする。
「……旦那様とお知り合いですか」
「ええ。あの子は子供の時からずっとここを贔屓にしてくれている常連さんだもの……ほら、この子よ」
そう言って、おばあさんはレジの後ろの写真を指差した。若いころのおばあさんと綺麗な身なりをした少年がほほ笑んでいる写真だ。書いてある日付は今から23年前を指していた。
「そうだったんですか。お茶会のお菓子を買ってくるように頼まれまして」
「またあの子は若い子を使いっぱしりにして……たまには自分で買いに来なさいって伝えておいて。めんどくさい事はいっつも人任せなんだから」
おばあさんは腕を組むと困ったように笑い声を洩らした。
「いや、まぁそれが自分らの仕事なので」
「私特製のアップルパイを入れておいたから。隆顕君の大好物でね……小さい時から機嫌が悪い時もこれを食べさせれば一発で機嫌直るわよ」
「そ、そうなんですか。相当気に入ってるんですね、アップルパイ」
おばあさんは俺は知らない旦那様を知っているようだ。興味は尽きない。時間があればずっと聞いておきたいくらいだ。代金を払っている間も、おばあさんは楽しそうに昔話をしていた。
「よろしく伝えておいてね」
「わかりました……では」
会釈ののち、俺は店を出た。またね、というおばあさんの声がドアの閉まりきる前にかすかに聞こえた。




