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階段を駆け下り、寮塔への扉を開け、渡り廊下を突き進む。そして階段を上がり、五階へ。目的の扉はすぐわかる。
扉には「みみ ほんのへや」と彫られたプレートがかかっているからだ。プレートは小学生の時に夏休みの工作で作った思い出の品らしい。
「お嬢様、いらっしゃいますか?」
木製の扉を軽くノックする。返答はない。
「開けますよ?」
返答はない。――たしかに発信器はここを指しているのだが。俺はそろりとドアを開け放つ。
ふわりと風に乗ってかおる、本の香り。開け放つと、目に飛び込んでくる本、本、本。四方の壁ほとんどが本棚で埋め尽くされており、部屋の中央も人一人がなんとか通れる隙間を残し本棚が並んでいる様はまるで図書館のようでもある。
部屋の端っこ、本棚の背中に隠れるように小さな机が見える。そこに人の気配を感じて近づく。
「……すぅ、すぅ」
思わず苦笑する。連絡しても無言なわけだ。
ミミお嬢様は、机に突っ伏するように寝ていた。読みながら寝てしまったのだろう、手に文庫本を乗せたままだ。
「風邪ひきますよ」
周りを見渡しても、この部屋には毛布など羽織る物は何もないようだ。俺は上着を脱ぐと、ミミお嬢様を起こさないように注意しつつ、その肩にかけた。
「んぅ……」
ミミお嬢様の口から、かすかに声が漏れる。長居して起こすといけない。
「おやすみなさい、お嬢様」
小さくつぶやき、俺は部屋を出た。
「ああ、仕事、仕事をくれぇ……」
――それからというもの、結局やる事を見つけられないまま、俺は屋敷をぶらぶらしていた。情けないことこの上ない。
というのも、今日は来客もなく、旦那様の用事もなく、ミミお嬢様も学校休みで送迎も無し、食材の買い出しもない、要するに暇な日だった。
仕事を探してみたものの、皆揃って暇らしく、小さな仕事を取り合うように行っていた。俺だけが暇ではないというのを知ってほっと胸をなでおろす。
レスカの所にも行ってみたが、彼女はキッチンでシェフ達と楽しくケーキを食べながらお茶をしていた。誘われたがここに来て間もない俺は輪に入りきれず、結局退散してきたのだ。
「旦那様、聞こえますか」
「……はい、僕だよ。なんだい?」
胸元のダイヤルをいじり、旦那様に連絡を取る。数度のコール音の後、旦那様の声が聞こえた。やたらと後ろがうるさいのはテレビでもつけてるんだろうか。
「何かできる事はありませんか?」
「んー、特に無いけど……」
「あぁ、そうですか……」
「ふふ、やる事なくて暇なんだろう?」
「えっ……いや、そんな事は」
見透かされているようで、声が思い切り上ずった。旦那様もそんな挙動不審な俺の様子に笑い声を洩らした。
「隠さなくてもいいさ。今私もレスカ達のお茶会に参加した所さ。定時の仕事さえしっかりしてくれれば、空いた時間は自由に使ってもいいんだよ」
ああ。背後のにぎやかな声はあいつの声だったか。そういえば聞きおぼえがあると思った。現に「青蘭がツれないのよねー。レスカぁー、ちょーさーみーしーいー」とかわざとらしい非難が聞こえてくる。
「あ、そうだ。お茶会のお菓子が無くなりそうだから、買い出しをお願いしていいかい?」
「わかりました!どのようなお菓子を買ってくればいいですか?」
「んーとだな……そうだ、この屋敷の近くにフォルテシモって言う洋菓子屋があるから、そこのケーキをお願いしていいかな?種類はまた連絡する」
「わかりました」
「じゃ、よろしく」
そう言って旦那様は通信を切った。――早い所ここでの仕事に慣れたいもんだ。そんな思いをちいさくため息をにのせて吐きだした。




