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6月1日 午後15時45分
「んー、終わったー」
俺の体内時計で一時間程続けていた書類の整理を終えて、俺は椅子の背もたれに体を預けて、体を思い切り伸ばした。長時間の書類の確認と整理で、疲労が腰と肩に来ていたので体を伸ばす感覚が少し心地よい。
「お疲れ。いや、助かったよ、青蘭」
「お役に立ったなら俺もうれしいです」
旦那様も首のあたりを手でもみながら、椅子から立ち上がっていた。会計に計上する書類を封筒に詰め込むと、机の中にしまいこむ。
腕時計を覗き込むと、その針は15時45分を指していた。会計係のメイドのレジーナにしこたま怒られた旦那様に呼び出され、整理を始めたのが12時ぐらいだった。
――中々に厳しい仕事だった。そもそも月末までに計上しなければいけない伝票の仕分けを旦那様が忘れていたのが原因だ。あまつさえ他の書類やらと混じって大変な事になっていた。いやぁ、溜めちゃうんだよねぇははは、と朗らかに笑う旦那様の後ろでレジーナが怒りを抑えきらない顔で旦那様の尻をつまんでいた。どうも常習犯らしい。
三時間以上も書類とにらめっこをしていれば、そりゃ肩もこるか。そんなことをぼんやりと考えながら、肩を揉みほぐす。
「他に何かありますか?」
俺の問いに旦那様は、少し考えるそぶりを見せた。机の上のコーヒーカップを取り上げ、口をつける。カップの中にはレスカが用意したコーヒーが一口も口をつけられずに残っていた。冷めてしまって久しいだろうが、旦那さまはそれをおいしそうに口に含む。
「いや……今日はもう上がっていいよ。部屋でゆっくりしていてくれ。僕ももう疲れた」
コーヒーを一息に飲み干すと、旦那様は少し疲れた顔でそうつぶやいた。
「わかりました。では、お嬢様に何か無いかお伺いをたててきます」
「ああ、そうしてくれ」
「はい。では、失礼します」
基本的に、俺は18時以降は自由な時間、と言う事になっている。
20時に旦那様達の夕食、22時に就寝前のお伺いに行かなくてはならないが、それ以外は特に指定されている仕事はない。お嬢様は平日は学校に行っているし、例え屋敷にいる時も自室に籠っている事が多く、さして用事を申しつけられる事も無いのだ。っていうかむしろ会話も無い。
警戒されるそぶりがありありと伝わってきているのだが、この前の事が引っかかってるのか、別に理由があるのかは俺には分からない。レスカも首をかしげるばかりだった。
なので結構な頻度で手持無沙汰になる。とはいえそれにかまけてだらだらしているのも性に合わないので他の屋敷での仕事をしたり、レスカ達メイドの仕事を手伝ったりしているのが常だ。
会釈をして旦那様の書斎を出る。
旦那様の部屋は屋敷の3階の端っこに作られた15畳くらいの部屋だ。本棚や大雑把に置かれた書類の束が部屋の大半を埋め尽くしているので、ちょっと窮屈さを感じていた所だ。深呼吸をしつつ、もう一度体を伸ばす。
――ミミお嬢様は書庫で読書中だったか。連絡を取ってみよう――
スーツの胸元、内側の胸ポケットに入れてある無線機のダイアルをいじり、ミミお嬢様の番号を探し、耳にかけているインカムに話しかける。
「ミミお嬢様、聞こえますか?青蘭です」
「……」
問いかけに帰ってくるのは、沈黙のみ。何度か呼びかけても、やはり返答はない。
「……ミミお嬢様?」
不審に思い、携帯を取り出し、アプリを起動させる。旦那様とお嬢様の場所をすぐに把握できる便利なアプリだ。
少しの位置情報のデータロードの後、この屋敷の見取り図が映し出される。そこには二つの赤点が点滅している。一つは旦那様。すぐ近く――書斎に赤点が表示されている。もう一つはお嬢様。場所は――ミミお嬢様の書庫だ。場所は俺たちの私室がある寮塔の5階。俺はその場所に向けて歩き始めた。




