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2014年5月30日 午前5時30分
ぴぴぴ、ぴぴぴ。
規則的な電子音。数度のコール音の後、目を覚ました青蘭は携帯のサイドボタンを押してコール音を停止させた。
「ふあぁ……」
時刻は午前5時半。いつも通りの朝だ。
あくびを一つ。寝癖でぼさぼさの髪をぐしゃぐしゃとかきつつ、寝起きで気だるさの残る身体を起こす。まず目に入ったのは壁に立て掛けられた段ボール。見慣れた籐のたんすに、そのうえに置かれた黒い時計。
――ん、あんな所にたんす置いたっけか。
そんな寝ぼけ眼な疑問とともに部屋を見渡し、間取りと家具の配置に、やっと事態を把握する。
――ああ、部屋違うんだったな。
しばらくの間、朝起きたら同じ事考えるんだろうな、と自嘲気味に笑みを漏らし、俺は立ち上がる。
青いパジャマを脱ぎ捨ててベッドに放り、洗面所で冷たい水で顔を洗うと幾分意識がはっきりしてきた。続けて歯を磨く。
鏡を見るとボサボサの髪に目がとまる。
「これはまずいよなぁ……」
濯いだ歯磨きをカップに納め、代わりにワックスを手に取る。固めにセット出来るタイプのモノで、濡れない限り効果は続くはずだ。適量を手に落とし、髪に伸ばしていく。
前髪はワックスで撫で付けオールバックに。だが癖っ毛が作用して数本が跳ねてしまう。同じくはねがちな後ろ髪も邪魔にならないように後ろで一つに纏める。
――ボサボサよりはいいと思うんだけどなぁ。なにか言われたらすぐに戻そう。
洗面所からでて、壁にかけられたシャツに袖を通し、ズボンを穿き、ネクタイを締めベスト、ジャケットを羽織る。ハンカチ、カフ、ボタンも大丈夫。
もう一度鏡を覗きこみ、
「よし」
そう威勢よく呟くと俺は部屋の扉を開け放った。
同日 午前6時11分
生温い湿気を孕んだ風。裏口を開け放ち、入り込んできた梅雨の足取りに空を見上げる。薄く雲の掛かった空は灰色、ほんの少し顔を出した太陽が東側をほのかに橙色に照らしていた。
「さて、ほうきはどこだーっと」
裏口を出てすぐ、扉の右側に一メートル程の感覚を開けて簡素なアルミのドアが取り付けられていた。外の掃除や植木などのメンテナンスの用具が入れられた用具室だ。鍵はかかってなく、開け放つと微かに日の当たらない暗所特有の黴と埃の匂いが鼻孔に香る。
箒、熊手、ちり取り、デッキブラシ等掃除の道具がズラリと並ぶ中、ビニール袋をポケットに詰め込み、隅に立てかけられていた竹箒とちり取りを手に倉庫をでる。
箒の先を傷めないように手に持ち、かるい足取りで屋敷の表に回る。
地面をつつき回っていた雀が、俺の姿に気がつくと小さく鳴き声を残し空に飛び上がり雲間に吸い込まれていった。広い庭だ、早いとこ取りかからないと、旦那様達が起きてくるまでに終わるかどうか怪しいもんだ。
「あら、はやいじゃない」
張り切って箒を握り閉めた所に、唐突に後ろから声がかかる。声のした方を振り向くと、レスカが表玄関を開け放ち、石階段の上に立っていた。その手には俺と同じように箒とちり取り、ビニール袋が握られている。
「ん、いつもこの時間には起きてる。レスカも早いんだな」
「まぁ、私メイドですし。もうそろそろ他のメイド達もおきてくる頃でしょ」
「この仕事、朝早いんだな」
「まぁね。旦那様達が起きてくる前から寝た後までお仕えするのが仕事ですからね。あなたにも頑張ってもらうわよ」
「うーい。がんばりまーす……ん?っていうかさ俺ってどんな仕事すればいいんだ?」
そういえば。よくよく仕事の内容を聞いていなかった。なんとなく朝起きて庭の掃除なんかしていたが。他にもやる事はあるんじゃないのか。今さらながらに気がついたわけで。悠長に庭掃除なんか始めたがなんか選択を間違ってしまったような、そんな罪悪感に見舞われた。




