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「ふひー、淡白な男は嫌われるわよ?」
わざとらしい溜息の後、レスカがぼそりと呟いた。肩に置かれた手にありったけの同情と失望と憐れみが込められているのか、異様に重い。
「……アドリブぐらいきかせなさいな」
「効くか、んなもん!変に効かせて取り返しのつかない痛い状況に陥ったらどうするつもりだ!毎夜毎晩枕を涙で濡らす羽目になるのはごめんこうむりたいお年頃なわけだよ俺は!」
「むー、つまんないのー」
レスカはぷーっと頬を膨らませると、整列しているメイドさん達の方に向き直った。――こいつは俺が「そんな」状況に陥るのを望んでいた節がある。この先しばらくそれをネタにいじる気満々だったのだろう。心底残念そうに唇を尖らせ、レスカは息を吐いた。
「じゃあ今のはリハーサルって事で、もう一度次はガチで行ってみましょうか、ガチで」
振りかえりざまに満面の笑顔と共にそんな提案が飛んでくる。しかし今の俺にもう一度自己紹介をやり直す度胸と、冗談交じりに痛い事を言える余裕とかは存在してなかった。っていうか元からそんなものは無い。
「いやなこった!!もうがっつり燃え尽きたっつの」
「ちぇー……んじゃ、各自自己紹介の後軽く質問をどーぞ」
つまんないのー。もう一度小さくぽそりと呟いて、レスカは俺とレスカのやり取りを見つめていたメイドさん達にまた向き直り、そう適当に声を投げた。俺も慌ててそちらの方に身体を向ける。……頑張ってみんなの名前を覚えないと。
いや、まぁ、しかし。後から考えれば、レスカのおかげで少し緊張感は解けていたのかもしれない。顔に笑みが浮かぶくらいには、だ。
メイドさんたちの自己紹介が終わったのは、それから1時間とちょっとしてからだった。
皆簡潔に名前と担当の職を挙げただけだったのだが、時間が経つのはあっという間だった。レスカが横から茶々を入れまくり、異様に場が盛り上がったのだが、一重に退屈な時間にならなかったのも彼女のおかげだと思う。今思うと、レスカなりに気を使ってくれたのだろう。
「やぁ、青蘭。メイドとの顔合わせはすんだかい?」
自分の部屋に戻る為に階段を下ろうとしていると、突き当たりの部屋から旦那様が顔を出した。にこやかに笑みを浮かべながら、俺の所まで歩み寄って来る。昼間見たときと服装は変わっていなかったが、ネクタイを外し、ラフにシャツのボタンを胸元まで外していた。
「ええ、たった今すんだ所です」
「そりゃよかった。美人ばかりだろう?」
「ええ、いや、美人ばかりですごい緊張しました……」
思わず息を吐く。あんな大勢の女性(しかも皆美人)に囲まれた事も接した事もないので、かなり気疲れした。そんな俺の緊張をレスカは見抜いていたのだろう。俺は顔に出やすいタチだとよく言われるから、それもあるのだろうが。出会って間もない人間にフォロー(大分偏ったフォローだったが)を入れられるレスカに、今更ながらに感服する。
「皆良い子たちばかりだ、この私が太鼓判を押すよ」
「ええ、何となくわかりました」
「男性1人でやりにくいだろうが、皆とおいおい親交を深めてくれ」
「わかりました。頑張ります」
「一週間くらいしたら君にも仕事を頼んでいくから、それまではこの屋敷と、人に慣れてくれ……ああ、ミミにはあったかい?」
「はい、挨拶は略式ですが」
アレを挨拶と呼んでいいのかわからんが、まぁ、一応。あとできちんと挨拶に行った方がいいだろうか。
「これから先、ちょっとずつで良いからあの子にも言葉を掛けてやってくれ」
「それはもちろん。ミミお嬢様とも早く仲良くなって趣味の話とか、一緒に出かけたりとか、誰かの部屋に集まって話とか出来るようになりたいです」
「頼むよ……あの子は……まぁ、あの子についてはまた時間を取って話すよ、教えておかなければならない事もあるからネ」
何かを言い淀み、旦那様はぎこちない笑みを浮かべた。そうだ、この間狙われていた事もある。それも聞いておかなければならないだろう。
「じゃ、私は寝るよ、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
来た時と同じように柔和な笑みを浮かべ、手をひらひらと振りながら旦那様はまた奥の部屋へと入って行った。
その背中を見送ると、俺も自分の部屋に向かって歩き出した。




